嫌いな人がいる理由。

 

ブログって、やっぱり根気がいるなぁ…笑。

 

久しぶりに記します。

 

 

 

 

最近はというと

 

自分の中で、少し

「成長欲」

が生まれた様な日々でした。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

いきなりネガティブ発言ですが、

 

職場の隣の席の女性がすっっごく嫌いでした笑

 

 

 

 

年は同じ。

彼女は転職して来たので私が先輩。

同じチームで彼女は事務。

 

 

 

何だろう…

 

 

 

一言で言うと、

ただただ  合わない。笑

 

 

 

悪い人ではないと思う。

仕事も、手は速いらしい(先輩談。

 

 

 

 

 

無愛想な態度。

細かい報連相が少なく独断専行する時がある点。

コミュニケーション能力が低い。

 (もいちど言うが仕事の手は速いらしい。

 

 

 

たぶんこの部分が私のイライラポイントを時々突いてくる原因と思われる。

 

 

 

 

こう書くと、

ふ〜ん…って程度に見えるけど、

 

当事者としては大変でした…。笑

 

嫌い過ぎて、毎日ストレスが。笑

 

 

隣の席やから、

どれだけ関わらない様にしようとしても

彼女の電話の声とか聞こえるからなぁ。苦笑

 

 

 

 

 

あまりにもイライラでしんどくて、

普段そんな愚痴みたいなこと私は言わない方なんだけど、

先輩I(男性・40代)に相談。

 

 

 

 

 

 

先輩の客観的な所感と、

 

少し前に読んでいた「嫌われる勇気」の言葉が

うまく相まって、

 

 

自分の中で

ストンッ

って落ちた。

 

 

 

「どうやったらムカつかないんだ?」

 

「だめだめ、彼女のいいところを探すんだ!」

 

「一層の事、席替えや異動を申し立てるか?」

 

「逆に積極的に話しかけるか?」

 

(最後のはやってみたけど、まぁそもそも合わんから、会話しても全然面白くないという…笑

 

 

 

 

何ヶ月もかけて

何かもう色々悶々と考えたけど、

 

 

そういうんじゃない!

 

ってなった。

 

 

 

 

****

 

 

 

先輩Iの言葉

 

「愛想はよくないな笑。俺もそこは、彼女損してるな、と思うわ。でも多分本人もそれ自分で気付いてると思うで。そういう人。俺からしたらそんなとこも可愛いなぁ〜って感じやわ笑。」

 

(年が離れた異性だとそんなもんなんかな…。

でも確かに自分の欠点って、まぁまぁ自分で分かってたりするよな…

 

 

 

「仮に、誰かが彼女に注意して、明日から彼女が凄い愛想よくなったとしても、それはそれで違うやろ?」

 

(…うん、確かに。

 

 

 

「仕事がもう全然出来ひんとかじゃないから異動とかも現実的にないと思うで。逆にurarie(ブログ主)を出すってのも無理やと思うで。どっちもいなくなったら困る。」

 

(ん!?私は正直いなくなってほしいわ、くらいまでいってる相手やのに、必要としてる人もいるんや…

 

 

 

「仕事はちゃんとやってる人やから、そういう面では実害そんなにないはずやで?彼女に何かを直してもらうというか、urarie(ブログ主)自身がどうかって問題やと思うで。」

 

(え〜……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

多分これって、

また自分に何か問題が起きた時に使える考え方だからログしておこうと思う。

 

 

 

 

「嫌われる勇気」で学んだ

アドラー心理学の考え方。

 

 

 

 

ストレスMAXな毎日を

以下2つの視点で見てみる。

 

 

原因論:(広く普及している多くの宗教や心理学の考え方)

 

自分がイライラしてる原因は何か。

 

➡︎「彼女の態度が悪い(=原因)からだ」

➡︎「私と価値観・性格が違う(=原因)からだ」

 

 

普通の私であれば、こう考える。

 

で、その原因となる要素を排除出来るか?って考える。

 

 

そして、

排除出来る可能性が低いことに気付いて

もちゃぁ〜っ て頭の中でなる。

 

 

 

 

 

②目的論:(アドラー心理学の考え方)

 

私は彼女にイライラすることで、何の目的を果たしたいのか?

 

➡︎「本当は彼女と仲良くなりたいけど出来ない。その出来ない自分を認めたくなくて、怒る事で距離を取る理由にしている」

 

 

 

 

アドラー心理学と根幹とも言える考え方が、

「目的論」

との事。

 

 

たぶん、

私の状況を目的論に基づいて話すと

 前述した感じになるのでは…。

 

 

 

 

 

よく、

「相手の欠点だけを見るのではなく、良い所を探そう」的な事を言うけど、

 

嫌いな人の良い所なんて、正直冷静に探せないよ!?笑

 

 

何回も何回もやりましたが、

…無理です。笑

 

 

 

 

 

別に好きにならなくてもいいと思う。

 

自分も含めて、この世に100点満点の人間なんて1人もいないと思ってるから

合わない人がいて普通だと思う。

 

 

好きにならなくていいけど、

 

自分が何でイライラするのか?とか

どういう風に対応すればイライラしないのか?とか

 

そういう部分を客観的に整理さえ出来ればいい気がする。

 

 

 

 

 

私は、一旦彼女をこう思う事にした。

 

 

「彼女はATM」だと。

 

 

 

細やかな気遣いや

愛嬌なんかを期待せず、

 

欲しい物があれば

営業時間内にピッピってしたら

出てくる。

 

必要な操作だけして、

感情は不要。

 

 

 

 

 

私の対応の問題だけ。

 

 

 

 

****

 

 

 

“嫌いな人がいる”

 

 

 

 

久々にイライラがずっと続くという、

この上手くいかない事にぶち当たり、

 

自分の未熟さにも気付かされた。

 

 

 

人として、

成長したいなぁ、

と思いました。

 

 

とさ。

 

 

 

 

やはし、

安定の語彙力不足問題。

 

「嫌われる勇気」

今、読んでいる本。

 

「嫌われる勇気」。

 

 

 

 

少し前にベストセラーになってたみたいですね。

 

 

 

 

****

 

 

 

昔から、アルバイト先や職場で

孤独感

を感じる事が多々ある。

 

 

 

私が人見知りってのもあると思うけど、

 

相手もこちらに心を開きにくい存在なんだろうな、と思う。

 

 

 

 

そもそも私の考え方がやや変わってると思うけど、

 

職場は同僚とワイワイする為に行く場ではないと思う。

 

 

1番いいのは、

ワイワイする同僚もいて、

かつ

その全員が仕事で成果を残す事を重視した考え方、価値観、能力を持っているという環境?

 

 

 

 

なんかいつも思うのが、

仕事や上司や会社の愚痴を言う同僚とつるんで何がプラスなんやろか、

 

と思う。

 

 

 

士気が下がるだけやし、

 

そういう人達と仲良くする事で、そこから逸脱しない様に、とかってなると、おそらく仕事の成果もそこまで上がんない気がする。

 

 

 

 

それって、出世願望とかって言われるかもしれないけど、

 

出世したり昇級・昇格する人って

そこを狙ってやってる訳じゃないと思うねんなー。

 

 

 

 

シンプルに

 

いい仕事がしたい。

 

それだけだと思う。

 

 

 

そのスタイルを貫いた結果が

あくまで出世等々の副産物となってるだけやと思うんよな。

 

 

 

 

 

私には、

結構そういう考え方が色濃くあるんだけど、

 

同時に、

 

「今日もう仕事行くんだるいよなぁー」

って言うごく普通の女子も

私の中にいたりする。

 

 

 

 

だからなんて言うか、

孤独を感じる事がよくあるんだと思う。

 

 

 

 

どっちかっていうと、

 

会社の中でも、上役や仕事バリバリのおじさんと話す方が居心地がいい。

 

 

 

同世代の事務の女の子と、

相手の顔色を伺ったりしながら

ランチ友になるのとかって

気疲れしちゃう。

 

1人でランチ行って本読んでる方がましや笑

 

 

 

 

けど決して孤高の狼的なんになりたい訳じゃなくて、

 

普通に仲良い同世代の同僚も欲しい。

 

 

 

 

歩み寄る努力とかが必要なのか?

 

でも、そもそも合わない人に合わせる様なライフスタイルは絶対嫌やな。

 

 

 

 

とか。

 

そんな感じ。

 

たまに 孤独 感じる。

 

 

 

 

 

 

そういうとことは全然別角度から、

 

「嫌われる勇気」の存在を知って読んでるんだけど、

 

 

すごい救われる。

 

 

 

 

なんとなく、そこはブラしたくないわ。

 

って自分の中でも守ってた事が

あながち良かったんかもしれない。

と思わせてくれる。

 

 

 

 

本の感想はまたログに残したい。

 

 

 

とりあえず今回は殴り書き。

 

 

 

 

****

 

誰にでも好まれる人生と。

 

自分の事を嫌っている人がいる人生と。

 

 

 

後者を選ぶ人でこれからもいたいわ。

 

 

語彙力

凄く久々に書きます

 

…記録に残し続けるというのは

なかなか熱量が必要だな、

と感じる日々。

 

 

 

 

****

 

 

 

最近、久しぶりに本屋にぷらっと寄り、

何となくその時の直感で

読んでみたいな、と思った本を買いました。

 

 

20代前半の頃は

本屋でこういう買い方をする事は

日常茶飯事だったんですが、

 

 

大人になってめっきり機会が少なくなった。

 

 

 

…とても悲しい事だと思いました。

 

 

 

それは多分、世の中の様々な事、人に対して

昔ほど興味が無くなってきたんだと思います

 

 

そして、自分の身の回りの問題や疑問を

感覚でこなせる様になった、こなす様になってしまった証拠だと思います

 

 

 

久々に自分の直感のままに選んだ本。

何だかとてもワクワクした。

 

 

 

家に帰ってじっくり読む。

思ったより分厚い。

 

普段なら1冊の本の読破に数日かかるが、

 

何だか不思議な高揚感で

どんどん読み進められた。

 

 

本の内容が興味深かった事もあるけど、

きっと久々にじっくり読書している時間が

楽しかったのもあると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間で1冊読みきって

ひどく疲れた

 

 

それはいい疲れで

例えるなら半月程海外旅行に行った時に似てる

 

いっぱい「刺激」というボールが飛んで来て、

疲労感と満足感と達成感と解放感と、

あと何か自分の枠がちょっと広がりそうな気がするワクワク感。

 

 

 

でもこれらの感覚は

普通にしていると、日を追うごとにどんどん薄れていく事も知ってる。

 

 

 

 

今日書きたかったのは、

その感覚を味わう事が重要だよ、という話ではなくて、

 

プロの物書きの方が綴る文章を読み、その表現力を借りる事で、

自分の頭の中、心の中の感覚や経験を

言語化できる様にする事の大切さについて書いておきたかった。

 

 

 

 

 

私も含めて、世の中の人皆、

毎日何かしらを考え、

何かを経験してる。

 

何も考えてなくて、何もしてなくても、それも経験。

 

「あ、自分このままじゃあかんな」とか

ふと思ったりする感覚も大事な感覚だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

そういう自分の思っている気持ちとか経験とか

ニュアンスの違いなく

他人に伝える事が出来る能力

 

それを物書きの人は持っていると思う。

 

 

表現力というか、

もっとシンプルに語彙力の差?

 

 

 

 

 

私自身もそういう世代ど真ん中なんだけど、

 

楽しい事も

辛い事も

驚いた事も

 

全てを「やばい!」で表現してしまったり笑

 

 

 

美しいと思う感覚も

愛らしいと思う感覚も

美味しいという感覚も

 

全てを「可愛い〜♡!」にしちゃったり笑

 

 

 

ま、これは極端な話だけど。

 

 

 

 

 

 

私は、

自分はまるで

使いにくいホイップクリームの絞り器

みたいに感じる。

 

 

 

 

私は語彙力が低い方の人間だ。

 

けど、頭の中で考えている事が沢山ある。

心の中で感じている感情が沢山ある。

 

きっと必要以上に、ある。

 

 

 

 

パンッパンにホイップクリームが詰まっているのに、絞り口の部分でなんかスムーズに出ない。

 

勢いに任せて、ギューーッと絞ると

変な形のクリームになる。

 

綺麗なクリームを絞り出すには

ゆーっくり、そーっと

出さないといけない。

 

絞り出す練習も必要だと思う。

 

 

綺麗なクリームが絞れた事で得られる物は、

自己満足だけでは決してないと思ってる。

 

綺麗なクリームは、

誰かの為、未来の自分の為にも繋がると思う。

 

 

 

 

 

 

プロのパティシエ達と接する事で

絞り出し方を真似出来たりする。

 

 

「そんな口金あるんだ!」

ってなって、

同じ口金に変えて絞ってみる。

(絞り口のところの金具って、口金っていうのであってる?笑

 

 

 

 

 

つまり、

 

自分の考えや想い、経験を

きちんと言語化するためには

プロの物書きさん(表現者)の語彙力を

拝借するのも一つだと思う。

 

 

 

 

 

本人は無意識だとしても、

やっぱり本をたくさん読む人は

著者から得ているものがあるよ。

 

そういう人と話してて

感じるもん。

 

 

 

 

 

 

私は、

友達や大事な人から

何か相談された時、

 

スッキリ解決してほしいから、

解決の糸口になればいいなって思って、

これ伝えたいなぁー

と思う事が結構ある。

 

 

 

 

自分の失敗体験や、考え、

他にも、

あなたは見えていないけど、あなたにはこんな良い所があるよ、そこを使ってあなたらしく解決しようぜ!

 

とか。

 

 

 

 

 

悩みに寄り添うだけでいいのかも。

 

けど、そうして欲しい人は多分、

そもそも私に話してこないと思う。笑

 

 

 

 

 

話、逸れた。

 

 

 

 

つまり、

 

 

前回の西野カナの話とリンクしてるって事かもしれない笑

 

 

 

自分という人間の中身は

アウトプットしないと

何も始まらない。

 

世の中にも貢献できないし、

自分も成長しないし、

大切な人も守れない。

 

 

 

そのツールの一つが

ホイップクリーム。

 

 

 

あ、語彙力。

 

だと思ったよ、って話、でした。

 

 

おしまい。

 

世の西野カナ化について。

 

最初に書いておきますが、

 

西野カナさんファン

ごめんなさい。

 

 

****

 

 

西野カナさん

 

ケータイ世代の歌手として

大人気ですよね

 

 

 

キャッチーなメロディーと

若い女性の共感を呼ぶ歌詞

可愛らしい容姿

 

 

 

世に広く受け入れられる歌手なんだろうな、

って思います

 

 

 

 

 

ただ、

 

私は西野カナさんが大ヒットしてしまう世の中って

 

残念やな、って思います。

 

 

 

と、思って

 

得意のネット検索をかけたところ、

 

まぁ見事にマツコデラックス様が

同じ様な意見を主張されてました!

 

 

ので、ここからは

マツコさんのお言葉も時々お借りした文章になってしまってるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

もっかい書きますけど、

 

ほんと西野カナさんファンすみません。

 

 

 

 

西野カナ(すんません、もう敬称も略で)って、

 

めっちゃつまんないアーティストやと思うんよなぁ…。。(何様

 

 

 

でもね、売れてるって事は

需要もあるし、世に求められてるって事やから

それ自体はいいと思うんです。

 

歌もビジネスだから。

 

 

 

 

何がつまんないかというと、、、

 

 

歌詞。

 

 

 

 

あれは、アーティスト、表現者のモノじゃないと思う。(何s…以後略

 

 

 

実況中継の様な事象の説明

 

万人が感じる様な表面的な感情を

ありふれた言葉のみで並べる

 

 

 

 

彼女が表したいシーンが

もう簡単に想像出来て、

 

その登場人物が発する言葉が

誰もが言いそうな言葉。

 

 

 

そして聞き手は、そんな言葉に「共感出来る」と言う。

 

 

 

 

 

今、世の中の人達は何も考えていないのか?

 

「楽しい」

「好き」

「辛い」

「苦しい」

 

その喜怒哀楽の感情だけを

誰かと共有出来れば

それで満足なの?

 

 

 

共感は大事だ。

共感出来る他人が存在する事で、

救われる気分になる。

  

自分が承認された様な気もする。

 

 

 

 

 でも、

共感って成長を生むの?

 

 

感情の共有って

一時的な安堵であって、

新たな気付きも解決もないんじゃない?

 

 

 

 

 

 

 

特別ファンって訳ではないんだけど、

 

歌詞、いいなぁ

って思ったアーティストさんって沢山いる。

 

 

 

 

 

そういう人達の歌詞には、

 

一部の人には受け入れられなかったとしても、

 

苦しみや悲しみを

私はこうして乗り越えようと思う、乗り越えたんだ!という意思や、

 

 

 

どんな経験から

何を感じ

何を学び

今をどう生きてるのか

というストーリーや、

 

 

 

誰の為に、何を伝えたいのか、

というメッセージが

 

にじんでいる気がする。

 

 

 

 

 

彼女にそれが全くないなんて事はないと思う。

 

 

 

 

ただ、受け入れる側の思考が、

 

浅い様な気がする。

 

 

 

 

 

いや、誰も音楽にそこは求めてないのかな。

 

音のノリと、

歌い手のビジュアルと、

 

そういうパフォーマンス的な部分、なんだろうな…。

 

 

 

 

 

音楽も、書籍も、映画も、

 

自分の考えを表現する作品って物は、

 

だんだんそうやって大衆化されていくのかな。

 

 

 

大衆化?

 

陳腐化?

 

 

うーん…

何というか、

 

自ら切り込んでいっときながら

語彙力が無さすぎて辛い(苦笑

 

 

 

 

 

他人と違っていたとしても、

非難されることを恐れず、

 

自分なりに精一杯

あと一歩、二歩、

考え抜いてみて欲しいな

 

 

 

 

 

 

気持ちの良い言葉で

傷を休めたり、

気持ちを高揚させるだけでなく、

 

 

 

 

自分とは違う誰かの

考えや想いに触れて考察し、

吸収してみたり、反論してみたり。

 

 

 

そうやって

自分の思考や価値観に

厚みや深さをもたらして

唯一無二の個性が輝いてくるんじゃなかろうか。

 

 

 

 

 

最後まで

何様爆発で

 

おわります。

 

 

 

 

オシャレでいる必要はない

とある人の、洋服に対する考え方が好きだ。

面白い。

 

 

 

彼はオシャレに価値を置いていない。

 

とはいえ、ダサい服を堂々と着る程、無頓着な訳ではない。

 

 

 

 

平日の仕事はスーツだから、

私服は3セットもあれば充分、と言う。

 

ミニマリストなのだ。

 

 

 

 

清潔感を基調としたシンプルな上下セット ×3

3セットどれにでも合う靴 ×1〜2

どれにでも合うカバン ×1

 

これで1シーズン過ごす

 

1シーズンで使い倒してしまったら

季節の終わりと共に捨てる。

 

躊躇なくゴミ箱に即捨てる。

 

 

 

 

 

 必要最低限の服しか

クローゼットに入っていない。

 

 

 

服装からの個性は感じない。

無難だし、どちらかというと、無個性。

 

 

 

 

 服装は無個性やけど、、、

 

いや、けどその考え方が、

個性的過ぎるやろ笑笑

って思いました。笑

 

 

 

 

****

 

 

 

私は、20代の頃

衣装持ちだった。

 

 

前職は私服通勤だった事もあり、

 

 

今日はコンサバ

今日はカジュアル

今日は格好よく…と、

 

気分によって服装や髪型を変えていた。

 

 

 

 

ブランド物やそんなに高価な服は

持っていないけど、

 

オシャレだね

 

って言われると嬉しかったし、

オシャレな自分でいたかった。

 

個性的な自分でいたかった。

 

 

 

 

 

 

でも、

 

年齢を重ねるごとに、

 

ファッションで「自分」という人間を主張する事に、何か違和感を感じ始めた。

 

 

 

 

服装とか、そういった見た目の雰囲気で

 

あ、敬遠されてるなぁ

 

と思う事も、実は時々あった。

 

 

それって勿体無いな、と思った。

 

新しい誰かと仲良くなれるチャンスを

減らしてしまってる気がして。

 

 

 

あと、単純に、

色んなテイストの服が好きだと

色んなアイテムを持たないといけなくて

お金もかかるし、

 

自分自身の好みが変わると

ただのゴミになってしまう事が勿体無いし、

 

すっごく無駄な事してると思った。

 

 

 

 

 

それから、

服も髪も無難にまとめる様になった。

 

 

 

 

最初は味気ない気もしたけど、

 

出会う人、仲良くなる人も

少し変わった。

 

不思議なもんで。

 

 

 

 

 

 

だんだん、オシャレする事が

自分にとって、前ほど価値のあることではなくなって来た。

 

 

 

 

私自身も、

他人と接する時、

 

相手の考え方や話す言葉の方が興味があって、

 

 

その人がオシャレかどうかは

関係なかったから。

 

 

 

 

 

 

過去に、

いっぱい服を買って、

いっぱい失敗もしたから、

 

自分に似合わない形や色も分かってきて、

 

流行っていたとしても、

自分に似合わなければ買っても無駄、

と、買わなくなった。

 

 

断捨離も進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

彼ほどのミニマリストでは無いけど、

 

明らかに昔より

 

ミニマム化

シンプル化

 

 

している。

 

 

 

 

 

 

30にもなると、

 

 

オシャレというのは

ただのマナーであり、

 

自己主張のツールや

他者からの承認を得る為の物ではなくなった。

 

 

 

ファッションに取られている

時間、お金、空間、労力   を

 

他の物に充てた方が

 

人生の充実度が違う気がする。

 

 

 

 

 

ファッションを楽しむ生き方も勿論素晴らしい。

 

外見がオシャレなのは

憧れるし、素敵だ。

 

 

 

 

けど、

ファッションをただの生きる道具として定義してみる彼の生き方も

 

私は凄くオススメしたい。

 

 

 

 

 

 

自分という人間を主張する方法や

自分という人間を承認してもらう方法なら、

 

他にも沢山ある。

友達を選ぶ

 

友達を選ぶーーー。

 

 

何だか、こう書くと

少し寂しい気もしますけどね。。

 

 

 

 

 

 学生時代はたくさん友達がいた様な気がします。

学校中の皆〜んなが友達!みたいな。

 

 

 

 

でも、今思えば

その内の何人が

本当の友達だったのかな?

という気もします

 

 

 

 

 

 

「友達  選ぶ」

でネット検索すると、

 

似た思考の人が

まぁ分かりやすくまとめてくれている記事が

たくさん出てきます。

 

 

 

 

 

あ、私は勿論

その中で

「友達は選ぶべき」

と、主張されている方々と

同意見です

 

 

 

 

 

◆選ぶ≒捨てる

選ぶというと、まだマイルドな気がします

 

何かを選ぶ

 

それはつまり 

その他を捨てている事だと思います

 

…こういうとなかなか酷い聞こえがするけど。苦笑

 

 

 

でも、

 

物の断捨離もそうだし、

過去の恋愛を清算するのもそうだし、

 

捨てる事で

本当に自分にとって大事な物や人が見えたり、

 

大切な物・ヒトに対して、

丁寧に時間や労力を遣える様になると思う

 

 

 

 

「選んだつもり」になってる事って沢山あると思う。

 

 

「他を捨てる」という勇気と覚悟があってこそ

 

本当の選択だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

◆線引きは曖昧で。

 

私の悪い所は

0 or 100 の考え方の所。

 

 

 

「友達を選ぶ」

 

それ自体は

別に有りな事なんだと思う

 

 

 ただ、

 

じゃぁここからが友達。

これが無いから友達じゃない。

 

っていう風に、

 

「友達」の定義を設けて

区分けしようとしちゃったんだよね…

 

グレーゾーン、あった方がいいのに。

 

 

 

人の縁は

 

切っちゃったらホントに終わりで

修復するのはなかなか難しい。

 

 

 

 

選択する事は大事だけど、

 

そこでいきなり

プツッと連絡とらなくなったり

急に会わなくなったりすると

 

 

あ、本当は大事な縁だったのかも

と思った時に取り戻せない。

 

 

選択した後、

実際にパワーバランスの比重を変えていくのは

徐々に、がいいと思う。

 

 

 

 

 

 

◆益者三友、損者三友

 

孔子論語 の中で

こういう言葉がある。

 

 

「益者三友、損者三友」

 

 

ーー現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「良い友人には3種類ある。悪い友人にも3種類ある。正直な友、誠実な友、博識な友は良い友人だ。見栄っ張りな友、媚びへつらう友(裏表のある友)、口達者な友(口先の巧みな友)は悪い友人だ。」

 

 

 

こう書くと、

悪い友人なんて

私にはいないわ!

ってなりそうですが

 

 

…意外と、皆さんの周りにいると思います〜笑

 

 

 

その人は、本当にあなたの為を思って直接苦言を呈してくれますか?

 

あなたの前で、

その場にいない第三者のマイナス点を

愚痴ってる友人がいたら、そいつに言ってやりなさいよ、

「直接その子に言ってあげたら?」と。

 

 

それが出来ないなら、

損者三友の要素ありだからね、

あなたも、その子も。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

つらつらと偉そうな事を書きましたが、

 

 

 

私が、孔子先生の仰る言葉に

強く共感出来たのも

30なってからですよ笑

 

 

20代前半までは

facebook

うぇ〜い♬

ってし合う関係や

 

居酒屋で

お腹ちぎれそうになるまで

笑い合える関係が

 

友達だと思ってたし、

 

友達なんて考えて作るものじゃなくて

気付いたら出来るもの、増えるもの、

だと思ってました

 

 

 

 

 

出会いが沢山ある若い内に

本当の友達を見つけて

その人との関係を

しっかり作っていく事、

 

大人になってから効いてきますよ〜〜

 

 

たった1人でもいいからね

 

 

 

 

 

 

大人になって

人間関係も

選んで捨てる事が出来る様になった自分に拍手と、

 

 

若い時に

大事な縁を切らしてしまった自分に、

本当の友人 に気付いてなかった自分に、

 

グーパンです。

 

 

やりたい事は何歳からでも始められる

 

 

「やりたい事は何歳からでも始められる」

 

 

 

よく言われてる言葉ですが

 

 

私は

半分そう思うし、

半分はそうは思わない

 

 

 

 

 

確かに、自分の気持の問題で、

 

新しい一歩を踏み出す勇気とか覚悟さえあれば

 

毎日が何かのスタート地点でしょう

 

(…何かよく聞く風な言葉になった笑

 

 

 

 

けど、

 

その一歩を踏み出せる資本がある事。

 

(健康な体がある)

(多少の資金がある=働く場所がある事  とか)

 

環境がある事。

 

理解者がいる事。

 

仲間がいる事。

 

 

そういうのがあるのは、

当たり前ではないと思うし、

凄く有難いことだと思う。

 

 

 

 

私は

27歳からドラムを趣味として始めた

 

 

 

職場でバンドさせてもらう機会があって

それきっかけ。

 

昔からバンド音楽を聞くのは好きで、

両親もオヤジバンドみたいなのやってるし、

 

自分もいつかやりたいっていうのは

昔から何となく思ってた

 

 

 

 

だから、

元々ドラムやってたとかじゃないから

素人に毛が生えたくらいのレベル

 

 

なのに!

 

 

バンドメンバー募集してるとこに

果敢にも単身応募して!笑

 

 

スタジオで課題曲を合わせるっていう

面接的な顔合わせも勿論あったし

 

 

……怖かったーー笑笑

 

 

 

 

 

全然上手じゃないけど、

嬉しいことに仲間に入れてもらえて。

 

初めて固定のバンドメンバーになれた!

 

 

 

 

 

今で、そのメンバーとバンドするのも

2年4ヶ月くらいかな?

 

LIVEにも何度か出させて貰えて。

 

 

本当にメンバーに感謝してる。

 

 

 

 

ボーカル、ギター、ベース、ドラムの4ピース。

 

 

私以外の3人は

他のバンドもいくつか掛け持ちしてて

バンド歴も長いし

上手だし、とっても頼りになる

 

 

 

私なんかが入っていいのかな…?

って怖かった。

 

 

 

それに、じゃぁ次は何の曲やろっか?

って話になったら

 

私がレベルが低いから

出来る曲も限られて来て

 

本当にずっと申し訳ない気持ちしか無かった。

 

 

 

ドラムの技術に関しても

誰かに習った訳でもないから

もう全部手探りだし

 

一応曲に合わせれる様に一通り仕上げても

 

それでいいのか?

出来てるのかな?

 

…皆、どう思ってるんだろう。。。

 

って、

 

ずっと、ずーーっと不安だった。

毎回疑問だらけだった。

 

 

 

 

でも、こんな自分を受け入れてくれて、

 

もしかしたら心の中で

「下手やなぁ」

「もっとレベル高い曲やりたいのに」

とかって思われてたとしても

 

集まって練習出来る。してくれる。

 

 

 

この3人は本当に大事にしなきゃ。

 

 

って強く思ってて、

 

とにかく出来ることを頑張るしかない。

 

少しでもうまくなって、

皆がやりたい曲が出来る様になりたい。

 

一緒にやってもいいな、

って思って貰えるところまではならなきゃ。

 

それしかない。

 

 

 

 

 

そこから

 

自分の不安を掻き消す為に、

メンバーに認めてもらう為に、

 

一生懸命練習した。

 

 

 

 

一生懸命練習してもしても、

やっぱり何が正解かがずっと分からなくて、

迷いながら練習する事に限界を感じて

 

 

半年前からドラムレッスンにも通い出した。

 

 

 

習ったからと言ってうまくなる訳じゃない。

 

そこで教えてもらった事をちゃんと練習するかしないかは自分次第だから。

 

 

そう思って、習うことより、自力で練習することを選んでいたけど、

 

 

やっぱり”正しい解”を踏みながら、

最短ルートで上達への道を知れることは

早い。

 

 

 

 

 

そうやって1人がむしゃらに

少しでも皆に追い付ける様に…!

ってやってたのを、メンバーが気付いた。

 

 

 

 

「何か、上手くなってない!?」

 

「練習めっちゃしたやろ!?」

 

 

 

そう言われた時、

気付いてくれた時、

 

本当ーーーーに嬉しかった!!

 

 

 

少し認めて貰えた事で、

 

新しく課題曲決めるときにも、

 

「次はこれやってみよ!多分いけるよ!」

とか

「いや〜urarie、急激な成長を遂げてるからね!」

とか

 

少し期待して貰えて、

報われた気がした。

 

 

 

ずっと自分への劣等感がすごくて、

皆と音楽的な会話が対等に出来なくて、、、

 

自分は不必要なメンバーじゃないか、

って気持ちに苛まれていたから。

 

 

 

 

メンバーの1人が、

「今年はこのバンドをちゃんとレベルアップさせるって決めたから!」

って言ってくれた。

 

 

 

3年目に入ってやっと、

ここにいてもいいのかも、と少し思えた。

 

それと同時に、

2年間も、私に合わせてくれてありがとう

って心の底から思った

 

 

他にも掛け持ちしてるから、

 

このバンドは遊びくらいの気持ちでも、

暇潰しでも、

はたまたイヤイヤやってたとしても、

 

どんな気持ちであれ、

辞めずに続けてくれている事には変わらないから。

 

 

 

 

 

もっと、皆が本当に楽しいと思える様な演奏がしたい。

 

 

 

***

 

 

 

やりたい事は何歳からでも始められると思う。

 

 

けど、それを続けていくには

 

ご縁や運のおかげでもあると思う。

 

 

 

ホントに感謝感謝だし、

大事にしたい場所。