玉ねぎのあれは目にしみる。

〝考え厨〟の頭の中のキロク。

子供が苦手な人間がママになれるのか-3【産後編】

こんにちは、urarie(うらりえ)です。

 

 

今日は、

『子供が苦手な人間がママになれるのか-3【出産後の話】』

以前のブログの続編を書いていきたいと思います。

 

 

↓ ※1【妊娠編】はこちらから。

(古い記事の為読みづらいですがすみません…。)

urarie.hatenablog.com

 

※2【妊婦編】については、色々ありましたので、気持ちが整ったら執筆します。

 

 

▼ 目次 ▼

 

 

1.子供が苦手な人間がママになれるのか

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結論からいうと、予想外のことが幾らかありましたが、大丈夫です。

 

一応、育てられています。

 

今1歳の娘が一人いますが、仕事と両立しながら何とかやっていけています。

 

 

妊娠前は、赤ちゃんや小さな子供が苦手な自分の様な人間が、

 

「自分の子供をちゃと愛すことが出来るのか?」

「自分の子供をちゃんと育てることが出来るのか?」

 

そう不安に思っていました。

 

 

そんな私でも、自分の子供を育てていけている。

 

 

むしろ、「子供を産み育てること」に普通の人より危機感を感じていたからこそ、やっていけてるのかもしれないです。

 

本当に怖いのは、何の危機感も持たずに「子供を育てる」という日常を迎えることだと思うから。

 

 

私の好きな言葉に、

「悲観的に考えて、楽観的に行動する」という言葉があります。

 

 

子供が苦手な人こそ、腹を括った状態で育児に挑めるのかもしれない。

 

子供が苦手な人こそ、細やかなシュミレーションを事前に立てることが出来るのかもしれない。

 

今となってはその様に感じています。

 


 

2.子供が苦手、という親は存在する

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まさに私です。

 

そして私の友人にも、そういう大きな不安を抱きながら母親になっていった人もいます。少数派ではありますが…。

 

 

そもそも、世間で親と呼ばれている人全員が「子供が昔から大好き」な訳ではないです。

 

どこにだってイレギュラーは存在するものです。

 

 

「子供が苦手なら、つくらなければいいじゃないか」と言われそうだけど、そうじゃない。

 

「自分の子供は欲しい」けど、小さな子供が苦手だから悩むのだ。

 

ちゃんと愛して、きちんと育ててあげたいからこそ、悩んでいたのです。

 

 

 

3.子供が苦手、が禁句の世界はしんどかった

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「子供が苦手」と一口にいっても、その感覚は様々と思います。

 

  • 赤ちゃんにどう接したらいいのか分からない。
  • 子供の遊びに付き合うのが苦手。
  • 子供の大きな声に疲れてしまう。

 

色んな「苦手」がきっとある。

 

 

ちなみに私には3つ離れた兄が一人います。

 

年の離れた下の兄弟もいないし、私の方が兄より先に出産しているので、甥っ子、姪っ子もいない。

 

家族内に小さな子供がいない状況でした。

 

 

身近な子供というと、友人の子供たち。

 

早い子は20代前半で子供を産み、出産のピークは30歳前後にやってきた。

 

友人から出産報告の写真が送られてきたり、出産後のお宅にお祝いでお邪魔する事などが珍しくなくなってきた頃。

 

 

私はずっと疑問だった。

 

友人の子供と過ごした時に「かわいい」以外のコメントを寄せ付けないあの空気感が疑問だったし、少し居心地が悪かった。

 

 

1~3歳くらいの幼児を動物的に「可愛い」と思う気持ちは私にもありました。

 

小っちゃくて、何だかたどたどしくお喋りしたり、ころころと動く生き物。

 

子犬みたいで、かわいい。

もうフォルムがかわいい。

 

 

でも、かわいい以外の感情もあるよね?

 

 

大人同士が普通に会話が出来ないくらいギャーギャー兄弟喧嘩してるけど、これ毎日ってしんどくない・・・?

 

めっちゃ髪引っ張られたり、私の靴下何十回も脱がされたり、やんちゃが過ぎてもう帰りたいんですけど・・・?

 

 

「かわいい!」が飛び交うグループの中で、私はいつもこうリアクションをすることしか出来ませんでした。

 

 

「子育て、大変だね…」

 

 

もし目の前を飛び交っている、この「かわいい合戦」がぜーんぶお世辞だとしたら、しんど過ぎるよ、、、

 

誰か、かわいい以外言ってよー。

 

…そんな気分でした。

 

 

 

4.出産・子育てを経て、子供への苦手意識は変わるのか

1.良くも悪くも180度変わった

結論からいうと、自身の出産・子育てを経て、今この様な変化が起きています。

 

  • 0歳児の子育ては、想定以上に辛かった。
  • 自分の子供は、想定以上に可愛かった。

 

2.想定以上に辛かったこと

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まずは、悲報。

 

0歳児の子育ては、予想を遥かに上回る辛さでした。

 

 

あまりにも他責発言ですが、何故これを学校で教えてくれなかったんだ!と正直嘆きました。

 

ブラック企業で働いた経験も過去にありますが、そんな会社なんかより0歳児育児はブラックの様に感じました。(あくまで個人的な体感)

 

 

でも、ここで最初の話に繋がりますが、子供を産み育てることへの不安感と危機感ゆえ、細やかなシュミレーションをしていた事に物凄く助けられました。

 

 

中でも良かったなと思うのは、

 

『子供が苦手という大きな欠陥があるから、専業主婦はきっと向いていないだろう』

 

と高校生の段階で確信を持っていたことです。

 

 

『出産後も働く』という抽象的ながらも確かな人生の方向性を、早い内に固めていました。

 

 

ここが固まっていたので、

 

・進路

・お付き合いする男性の志向性

・仕事選び

・20代の内にやっておきたいこと

・出産のタイミング

・居住地

 

といった様々な選択を、『出産後も家庭と仕事の両立をする』という判断軸で一貫して選んでこれました。

 

 

お陰で、身も心も環境も整えた上で、出産を迎えられましたのではないかと思います。

 

これは子供が苦手だったことによる恩恵だったと思います。

 

0歳児育児の大変さをシュミレーションし切れていなかったのは、唯一の想定外ポイントでしたが…。

 

 

 

3.想定以上に良かったこと

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そして、朗報。

 

自分の子供は、想定を遥かに超える愛おしい存在でした。

 

 

「やっぱり向いてないや…」と挫けそうになることも何度もありますが、その不安を凌駕する「愛おしい」という感情。

 

私にも、ちゃんとあった・・・。

 

本当にホッとしています。

 

 

と同時に、

小さな子供に対しての「かわいい」の意味を、私は物凄く表面的に捉えていたのだな、と反省しました。

 

 

実際に自分の子供を育ててみたら、笑顔が可愛いとか、動物的にかわいいとか、そういう「かわいい」だけではありませんでした。

 

 

  • 昨日は出来なかった事が出来る様になった『喜び』
  • 初めてママと呼んでくれた日の『驚き』
  • 突然の病気の『恐怖』と落ち着いた時の『安堵』
  • どうにもならない時の『しんどさ』とそれを無かった事にしてくれる『無垢な寝顔』

 

 

ジェットコースターの様に私の感情も揺さぶられる日々ですが、

 

そういうありとあらゆる感情や思い出、子と一緒に歩んできた毎日を、ぜーんぶひっくるめた上での『かわいい』なんだと実感しました。

 

 

この感情を知ってからは、他のお子さんに対しても自然と「かわいい」と思える様になりました。

 

 

苦手だからと距離を取り、子供の生態を知ろうとしなかった若い頃の私。

 

知らないからこそ、余計に苦手意識が強まっていたんだな、と実感しました。

 

 

 

なぜ子供たちが、大声で泣いて叫ぶのか。

 

なぜ子供たちが、大人を困らせる様な遊び方をするのか。

 

 

気持ちを理解しようと寄り添うと、分かったことがたくさんたくさんありました。

 

 

 

5.欠陥ママである私のこれから

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周囲の人への伝え方はとても配慮が必要だと思いますが、私はありのままでいたいと思っています。

 

 

と言うのも、過去に私は、いい格好などせず、本音で弱音を話してくれた一人の友人に物凄く救われたからです。

 

 

彼女だけがこう話してくれました。

「旦那さんと2人の時間を謳歌するうらりえが羨ましい」と。

 

 

子供は可愛いけど、やっぱりしんどい事も物凄く多いこと。

 

子供の食事補助につきっきりで自分は冷めきったご飯しか食べられないのも、こうも続くと嫌だということ。

 

もっと友達と遊びたいし、海外旅行だって行きたい、自分の人生を削りたくないということ。

 

 

そんな言葉を吐き出しながらも、彼女はしっかり母の顔だったし、家事育児をちゃんとこなしていました。

 

「ママと自分」の間で揺れ動く彼女のリアルな姿を見れた事で、私は自身の妊娠を決心することが出来ました。

 

 

そして出産後、私が過去にこの友人に救われた時の様に、他の友人を救うことが出来ました。

 

たった一人ではありますが、

「うらりえがいてくれてよかった、頑張れそう」と勇気を持ってくれました。

 

 

 

例え自分がマイノリティであったとしても、自分の気持ちに嘘をつきたくない。

 

同じ様にマイノリティである事に悩んでいる人が救われるのであれば、なおさら正直でありたい。

 

そんな風に思います。

 

 

少数派の気持ちを理解出来るのは、少数派の自分にしか出来ないことなので。

 

 

とはいえ娘もまだ1歳。

 

まだまだ先は長いです。

 

これからもっと大きな壁にぶつかるかもしれません。

 

 

その奮闘の記録は、またここに記していければと思います。

 

元々子供が苦手だった人間でも、ママをやれてるよ!楽しいこともあるよ!と、誰かの背中を押せたらな、と願います。

 

 

 

*urarie/うらりえ*