玉ねぎのあれは目にしみる。

〝考え厨〟の頭の中のキロク。

自己理解とは、人生最大の謎解きである。

あなたが自分らしい働き方を選択出来る様に応援したいurarieです。

 

そして、実は謎解きゲーム大好きurarieです。←New

 

(※最近Instagramに謎解き専用サブアカウントもこっそり作ってみました➡@nazotoki_sub

 

 

 

今日は

『自己理解とは、人生最大の謎解きである』

という話をしたいと思います。

 

 

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▼  目次 ▼

 

 

 

1.自己理解は一朝一夕で出来る代物ではない。

 自分を深く知る事、自己理解が大切だと、声を大にして言いたいぞー!という気持ちで日々ブログを書いています。

 

 

ブログリスタートの決意の記事<以下参照>にも書きましたが、私は答えが見つかった訳ではないんですね、まだ。

 

urarie.hatenablog.com

 

 

というか、自己理解って一生終わらないと思うんです(真剣)

 

日々自分を取り巻く環境は少しずつ変化していきますし、新たな経験も勿論積んでいきますよね。

それに伴い自分の価値観も少しずつ変わっていくのが人間というものです。

 

 

 

一生続くものですが、「今の自分」を理解する事は「今」出来ます。

 

ただし、そんなお手軽に2~3分では絶っっ対に分からないと私は思います。

 

いや、稀に超感覚的に『自分』という人間を完全に捉えている人もいますが、非常に稀なタイプだと思います。

そもそもそんな人はこのブログを読んでいないですよね、きっと(笑)

 

 

 

「今の自分」って、

「生まれながらの自分」+「これまでの人生の積み重ね」

で出来ていると思うんです。

 

 

でもこの「これまでの人生の積み重ね」って、・・・何年分、何万日分の歴史よ!?笑

 

人生観を変える様な大きな出来事から、平凡な日々の中で揺れ動く小さな心の機微まで。

 

そういったあなたの日々の感情や思考、行動。

それらを咀嚼して、そこからあなたの思考パターンや行動パターンを分析して、言語化するという作業。

 

とっっっても地道で、時に投げ出したくなるくらいしんどい棚卸作業です。

 

 

そう、しんどいんですよ、自己理解って(私談)。

 

 

 

私は15年以上、大学ノートに自分の生の感情や、まとまってない状態の考え、そういった「リアルな自分」を記録し続けてきました。

 

私は、かなり不器用ですから(悲)、かなり遠回りをしている方だと思うので、もっとスマートにやれる方は沢山いらっしゃると思います。

 

 

でも、それでもやっぱり、自分の「頭」と「心」の中を文字にしてアウトプットするアウトプットし続ける、というのはなかなか根気がいる事。

これは紛れもない事実かと思います。

 

 

今、その根気のいる作業(←※ブログタイトル:玉ねぎのあれは目にしみるけど、その先には飴色玉ねぎが待っている!に繋がります。笑)を、

どうやったらもう少し楽しんで親しみやすく、働き方で悩んでいらっしゃる方々が取り組めるか・・・を試行錯誤中です。

 

 

 

2.謎解きも一朝一夕では出来ない。まずは「型」を覚え、闘い方を知るのです。

そして、ここで突如登場した「謎解き」というワード(笑)

 

皆さん、謎解きゲームってやった事ありますか?

お好きでしょうか?

 

少し前から流行っている「リアル脱出ゲーム」とかそういう類のやつです。

 

 

 

私、それこそ15年以上前から「謎解き」や「脱出ゲーム」が実は好きでして。

 

学生の頃は、超夜型ゲーム大好き人間でしたので、大学ノートと日々向き合いつつも、PCやプレステとも向き合ってきました(笑)

 

 

 「謎解き」って今でこそ、そこそこ普通に通じる言葉になってきてTVでもそういった番組が放映される様になってきましたが、「閃き力に頼るもの」と思われてる方も多いのではないでしょうか?

 

 

私も最初はそう思っていました。

 

結局は地頭の良い人が謎解き得意なんだと。

 

 

 

でもね、長年謎を解き続けて来た私(←中二感が凄いですね。笑)は、気付いた事があるのです。

 

 

「謎解き」って、結構定型パターンがあるぞ?と。

 

 

例えば・・・

●逆算法

●消去法

●入れ替え法

●そして、閃き型

 

勝手にオリジナルで名前を付けましたが、他にも結構謎を解く為の「型」があります。

(※これ、もう少しちゃんと整理して別記事で書きたいな~。オタク感丸出しで。笑)

 

 

慣れてくると、「はいはい、このパターンのやつね(ドヤ顔)」と一瞬で解く事が出来る様になります。

 

 

閃き力の有り無しも重要ではありますが、訓練(?)と経験を重ねる事で、「型」を習得する事は誰にでも可能です

 

そして、「型」が分かれば、ほとんどの謎は解く事が出来ます

 

 

誰にでもこの可能性があるにも関わらず、スルスルっと天性の才能かの様に瞬時に謎を解く人を見て、「うわ~やっぱり自分には出来ひんわ・・・」と引いてしまうのは勿体無い!

 

 

今、「謎解き」の話をしていますが、これ、「自己理解」にも全く同じ事が言えるんですよ!(←まさに閃き)

 

 

「型」があるんです、自己理解にも。

 

 

 

3.手っ取り早く、取っつきやすい、自己理解の「型」。【自己理解のオススメの本紹介】

冒頭にもお話しましたが、自己理解は基本、物凄く面倒ですし、しんどいです。

 

 

そんな中でも、手っ取り早く、比較的取っつきやすい「型」をご紹介しておきます。

 

『さぁ、才能(じぶん)に目覚めようーストレングス・ファインダー2.0 新版』という書籍です。

 

 

 

私は10年ほど前に、改定前の旧版を読んだのが、ストレングス・ファインダーとの初めての出会いでした。

 

当時、まだ自己理解初心者の私にとっては、まずそもそも「自分の“強み”に注目する」という発想がある様で無かったので、とてもワクワクしながら取り組んだのを鮮明に覚えています。

 

 

ストレングス・ファインダーでは、才能を34の資質に分類しています。

そして、その34の資質のうち、最も特徴的(優先度の高い思考、感情、行動のパターン)な5つを診断結果として出してくれます。

 

 

そう、精密な診断テストなのです。

 

 

書籍を購入すると、表紙の裏部分にアクセスコードが印字されています。

そのアクセスコードをネット上の診断サイトにて入力する事で、テストを受ける事が出来ます。

(※注意:アクセスコードは一度きりしか使えませんので中古本を購入される場合は十分ご注意下さい!)

 

 

手っ取り早く、取っつきやすい、とご紹介いたしましたが、それでもテストの所要時間は一般的には30~40分程かかると言われています。

(実際は事前入力項目等もあるので1時間程度はまとまった時間を確保する必要があります。残念ながら途中保存できないんですよね。)

 

 

でも私に言わせると、小一時間で自分の強みを言語化してくれるなんて・・・、控えめに言って『神』(ありがたい。涙)。

 

自分の強みを客観視するのって、自分一人でするのは結構限界があったりするんですよね(人に聞く方が早い部分もある)。

 

 

書籍分のコストはかかりますが、それでも入門編としてはオススメです♪

 

 

 

ちなみに私はこのテストで、34の資質から上位5つが結果として出るのですが、「最上志向」がトップ5に入っていた事が目から鱗だった記憶があります。

 

 

「最上志向」は、何事に対してもより良くより良くと、上を目指し向上させる資質です。要は、向上心の高さ、ストイックな一面といった所ですね。

 

「強み」って自然にやってしまう事ですので、

「私って向上心がある!」とか、そんな風にいちいち思わないんですよね。

だから気付かない

 

 

 

「言われてみれば、先輩や友人にそんな風に言われた事何度かあるな~」と後から客観情報が繋がっていきました

 

 

ストレングス・ファインダーを受けたからといって、自分が丸分かり!とまでは行かないかもしれませんが、自己理解の入口探しに迷う事はなくなると思います。(←私は入口探しから迷っていた人です。とっても遠回り!笑)

 

 

 

4.自己理解も謎解きも、難しいけれど必ず答えがある。

私が謎解きにおいて、難しい謎が立ちはだかっても諦めずに挑める理由は、

「必ず答えがあるから」

 

そして、

「答えに自力で辿り着けた時の気持ち良さを知っているから」です。

 

 

 

自己理解も全く一緒です。

 

必ず答えがあるんです。

 

 

 

私はまだ明確な答えを完全に掴めてはいないのですが(だから奮闘記ブログをやっています!)、これだけは断言できます。

 

 

あなたの悩みを解決する答えが、あなたの中以外にある訳がないのです。

 

あなたの中にしか絶対に答えはないのです。

 

 

 

こんなに身近なのに、こんなに難易度の高い「謎」。

人生をかけて挑むべき「謎」。

(いや、本当は人生丸々かけて解いている場合ではなく、さっさと答えを見つけた方が100倍いいんですけどね。笑)

 

 

謎解き感覚で、「自分」を紐解いていくゲーム。

それが自己理解なのかも。

 

 

自己理解ゲー。

攻略本はありません!笑

 

地道に進めていくのです。

 

 

その地道な努力の先にあるのが・・・そう、 \\ //

 

 

・・・はい、何か無理やり締めた感が過ぎました(汗)。すみません。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とても熱っぽく話してしまった気がします。

 

「好きなこと」ってやっぱりエネルギーが無限に出てくる気がしますよね。

 

 

そんな私が、

「私って、謎解きめっちゃ好きやん・・・!!」

と自覚したのも、実は数年前の話です。

 

(朝までPCで脱出ゲームやっていた学生の頃は、「好きなこと」と自覚していなくて、普通~に自然~とやっていたのです。気付くの遅っ!笑涙)

 

 

 

それでは今日はこの辺りで。

 

 

*おしまい*

悩みや愚痴は紙に書くべき。

あなたがあなた自身とじっくり向き合える様にお手伝いしたいurarieです。

 

 

 

今日は、

「悩みや愚痴は紙に書くべき。」

という事を強く提案したいと思います。

 

 

▼ 目次 ▼

 

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1.悩みや愚痴はお宝。

 

もし今あなたが何か悩んでいる事や辛い事、腹が立つ事があれば、

騙されたと思って、その気持ちを紙に書いてみて下さい。

 

紙ならどんな紙でもいいです。

SNSに呟くのはNGです。必ず「紙に」書いて下さい。

 

 

くしゃくしゃのレシートの裏に「あーーーしんど!!!」だけでもいいです。

 

チラシの裏に思うがまま、支離滅裂な文章で殴り書きをするでもいいです。

 

 

とにかく、あなたの心の内を、あなたの「言葉」で、「文字」で吐き出して下さい

 

 

 

そして、その紙を一旦誰にも見えないところに大事に隠して、翌日もう一度読んでみて下さい

 

 

 

読み返したその時に何を感じましたか?

 

 

・私こんなに荒ぶってたんだ…と驚きましたか?

・私、頑張ってるな、と褒めてあげたくなりましたか?

・早くこの苦しみから脱出したいと思いましたか?

・はたまた、ただ何だか笑えましたか?

 

 

 

紙に書いた言葉も人それぞれですし、その言葉を客観的に自分自身が受け止めて感じる事もまた、人それぞれです。

 

 

 

お伝えしたいのは、

 

ネガティブな事があった時に、人は最も自分らしさが出るという事です。

 

そして、

 

悩んでいるあなた、傷付いているあなた、苛立つあなたを、誰よりも理解・共感してあげられるのはあなただという事です。

 

 

 

「紙に書いて下さい」とお願いしたのは、

あなたのリアルな気持ち・姿を、そのまま記録する事に大きな意味があるからです。

(※詳しくは、『2.ネガティブログを15年以上続けてきた私の体験談。』でお話しします。)

 

 

 

家族や友人、SNSに愚痴ってみるのもOK。

考える事を放棄して、寝てしまう事もOK。

 

どれもストレスからあなた自身を守る為の行為ですから、大切な行動です。 

 

 

 

だけど、それで心の奥底のあなたの孤独な部分を本当に救ってあげられていますか?

 

 

 

少しパワーは必要ですが、そんな自分と真正面から膝を突き合わせて向き合う事で、本当の自分を理解する事が出来、あなたがあなた自身の最強の味方になる事が出来るのです。

 

 

あなたがあなた自身を理解する為にも、

成長する為にも、

自信を持つ為にも、

 

悩みや愚痴といったネガティブな感情は、お宝なのです。

 

 

 

 

2.ネガティブログを15年以上続けてきた私の体験談。

 

私はもう15年以上前から、ネガティブな感情や考えを大学ノートに綴って来ました。

 

 

最初は普通の日記だったのですが、

・楽しい記録はSNSにする様になった。

・辛い事があった日や愚痴りたい気分の日は、日記の枠に字がおさまらず(笑)、消化不良となる日が多かった。

⇒そんな理由から、気が付いたらネガティブな事だけを大学ノートに書く様になったのです。

 

 

 

私は文字を書く事が嫌いではありませんが、決して文章能力がある訳ではありません。

 

誰にも見せないノートだからこそ、綺麗に書く必要や、まとまった文章で書く必要なんて全く無し!完璧さなんて一切不要! 

 

 

実際、私のノートにもおかしなページが沢山あります(笑)

 

・書き始めて早々に眠くなってきて、ノートにグニャグニャの線だけを残しドロップアウトした日。

・途中で書くのが面倒臭くなってきて、文章の途中で「あ、何かもうめんどくなってきたからおわる」と書き残し、突然フェードアウトした日。

・ネガティブな自分を中和したかったのか、どうでもいい落書きを残し消えた日。

 

そんな変なページがあっても全然OK!

だってそれがリアルなあなただから。

 

 

 

一方、こういった日もありました。

・書いている内に気付いたらスッキリしていた!という日。

・書いている途中で「うわ~こんなネガティブな自分嫌になってきた~!絶対この悩みから抜け出したい~!」という気持ちになった日。

 

 

書くって、自分を客観視する事が出来る行動なんですよね。

 

 

 

そして、もし出来れば定期的にそのノートを読み返してみて欲しいんです。

 

 

読み返す事で、きっとあなたは、あなた自身が愛しくなると思います。

 

 

もし、ノートの中に、当時あなたを救ってくれた人やその人の言葉が記されていたとしたら、いつまでもその大切な言葉を鮮明にノートが覚えていてくれます。

 

 

 

私はこのノートのお陰で、

「他人と比較して落ち込む」事が減り、

「過去の自分と比較して喜べる」事が増えました。

 

 

 

自分の頭の中、心の内を、手書きの文字で書く機会は、大人になるほどに減ってきていると思います。

 

 

なので、最初はレシートの裏からスタートするでもOK。

毎日書かなくて全然OK。

 

慣れていない事をいきなりトップギアですると、絶っ対に長続きしません。

 

 

 

細く、長く、でいいんです。

細く、長く、がいいんです。

 

 

 

何でも、『最初の一歩』が一番重たいです。

 

本当に騙されたと思って、まずはレシートの裏に書いてみて下さい。

 

 

私の様に大学ノートみたいに大きな紙でなくてもいいんです。

小さなメモ帳でも、オシャレな手帳でも、何でもいい。

あなたが、また書きたいな、と思えるオリジナルの吐き出し場を作ってあげて下さい。

 

 

 

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私は今、ブログをリスタートしましたが、

手書きのノートも書いております。

 

ただし、ブログを始めてからは、大学ノートはやめて、持ち運びが出来る小さなノートに変えました。

 

自宅にいる時はPCと向かう時間が増えた為、出先でちょこちょこと書くやり方の方が、今の生活スタイルに合っているなと感じたからです。

 

 

 

 

そして、今までは「過去」と「現在」に強くフォーカスして書いてきましたが、ワクワクする様な「理想」も書く様にもなりました。

 

理想も自分の手で文字にしてみると、少し近付く様な気持ちになれたからです。

(その結果、ブログをリスタートする勇気が出ました。)

 

 

 

文章を書く事が苦手だな・・・という方は、

レシートの裏に殴り書かれた一言達を、時間がある時にアルバムに貼っていく。

そんなスタイルでも私は全然良いと思います!

 

 

 

気負わずに、あなたに合うスタイルで、

楽しい記録だけでなく、悩みや愚痴といったお宝達も、

あなたの手で残していって欲しいと感じます。

 

 

その記録は、絶っ対に後にあなたの強い味方となってくれますよ。

 

 

 

*おわり*

 

好きを誰かと比べる必要はない。好きに大きさの違いなんて無い。

あなたがあなた自身とじっくり向き合える様にお手伝いしたいurarieです。

 

 

今日は、

「好き」を誰かと比べる必要はない。

「好き」に大きさの違いなんて無い。

という話をしたいと思います。

 

 

 

▼ 目次 ▼

 

 

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1.「好き」を人と比較して落ち込んだ体験談

 

かくいう私も昔、「好き」を他人と比べて、「あ、私の好きって大した事ないんだ…」と酷く落ち込んでしまった人間です。。。

 

もしあの頃の自分の隣に戻れるのであれば、そんな事考えなくていい!!と全力で止めてあげたいです。

 

 

 

当時、私は建築デザインの学部に通っていた大学3回生でした。

 

高校生の時に進路に迷ったのですが、建築デザインやインテリア、舞台美術など、空間デザイン全般に興味があったので、この学部を選択しました。

(※進路選択の時の体験談もまた別の記事で詳しく書くつもりです。)

 

 

 

建築に携わるとあるイベントに参加した事が、この悲しい出来事の始まりです。

 

全国の建築を学ぶ学生を集めて、ヨーロッパの有名建築を実際に見て学ぶという研修が夏休みに毎年開催されていたのです。

 

研修は約2週間の期間で実施され、早稲田大学の教授が引率を務めてくださりました。

スペイン、イタリア、スイス、フランスと4カ国を周りながら、各地の有名建築を教授の解説を聞きながら、目で見て、肌で感じて、学ぶものです。

 

 

私が参加した年には13名の学生が集まりました。

 

 

その内の1人、早稲田大学の男子学生がいたのですが、ある日私は彼の一言で凄く落ち込んでしまったんです…。

 

 

 

 

それはフランスのリヨン サン・テグジュペリ空港駅を見ていた時。

 

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リヨン・サン=テグジュペリ国際空港1

(※実際に当時私が撮影した写真です。)

 

写真の様に、鳥が翼を広げた様な外観で、見事なまでに構造美を体現している建物なのです。

 

 

 

これを見た当時の私は、

「お〜!凄い!」

「モダンで格好いいけど・・・私が好きなテイストではないかな」

「でもよくこんな先進的なデザイン思い付くな〜!凄い発想力!」

 

・・・ほんと、当時はこれぐらいの印象しか持たなかったんです(笑)

 

 

 

私が好きなのは、どちらかというと有機的なデザイン(曲線、親しみやすさ、自然との調和・・・といったイメージ)でしたので、好みが少し違ったのです。

 

 

 

ある程度、色んな角度から写真を撮り終えた私は、ブラブラと軽い気持ちで建物の周りや中を歩いては「あ、美味しそうなパン売ってる♪」などと、もはや建築とは関係ない物へ気が散り出していました。

 

 

 

そんな中、早稲田大学の男子学生は、1人熱心に写真を撮りながらノートを手に、

「これ…どういう構造計算してるんだろう…」

「こんな大空間を実現出来るなんて凄い…」

と、一人建物を集中して見上げていました。

 

 

 

私は、その男子学生の建物に熱中する姿を見て、

早々に建物見学を切り上げて、他の事へ興味が移ってしまっていた自分が、

物凄く恥ずかしくなってしまったんです。

 

 

 

こんなにも建築が大好きで、知識も見識も高い人と同じ様に、「私は建築が好きだ」と言っていいのだろうか…?

 

私の「好き」なんて、全然大した事ない…。

 

私、そんなに建築が好きじゃないのかも…。

 

 

そんな風に思い始めてしまったのです。

 

 

 

 

その後も、研修の中で時々、彼の建築を愛でる視線や、建築家について熱く語るキラキラとした姿を見る度に、どんどん私は肩身が狭くなっていく気がしました。

 

 

研修自体は学びも多く、刺激的で、とても楽しい日々でした。

 

 

ですが、私は彼と「好き」を比較してしまい、自分の「建築(空間デザイン)への想い」に疑問を持ってしまいました。

 

 

その後始まった就職活動では、建築関係やデザイン関係の会社にエントリーする勇気が持てず、結局 「何が好きなのか」「何がやりたいのか」分からないまま、人材採用の企業へモヤモヤしたまま入社したのです。

 

『同じ様に悩む人達の力になりたい』という気持ちで。

 

 

 

 

 

2.「好き」と「特性」と「得意」は似ている様で全く違う。

 

 

私はこのヨーロッパ研修での出来事があってから、度々自分の「好き」を他人とくらべる様になってしまいました。

 

 

 

音楽も好きですが、勉強をする時まで音楽を聞いている友人の話を聞いては、「私は、それは集中出来ない…。そこまで好きって感じではないな」とか。

 

ファッションも好きですが、好きな服を買う為にほとんどの休日をつかって、夜遅くまでバイトをしている友人を見ても「そこまでして絶対手に入れたい服がある訳では無いな…」とか。

 

 

同じ分野の物を好きな人と出会っては、

その人と自分の好きの大きさを比べては自信を無くしていました。

 

 

今思うと、物凄く勿体無いことをしているなぁと思います・・・。

 

 

 

 

そもそも「好き」と「特性」と「得意」をごちゃ混ぜにして捉えてしまっていたんですね。

 

 

 

例えば、先程のヨーロッパ研修での話で言うと、

 

<男子学生の場合>

「好き」=建築

「特性」=物事の仕組みが気になるタイプ

「得意」=構造計算、各建築資材の特性の把握

 

<私の場合>

「好き」=建築

「特性」=物事の背景が気になるタイプ

「得意」=建築史、デザインに込められた建築家の意図の理解

 

 

 

彼と「好きなもの」は同じでも、2人の「特性(性格や価値観)」は違う為、当然「得意な事」も違ってくるのです。

 

特性や得意な事が違うと、同じ好きな物でも、それぞれ見方や捉え方が変わるのは当然の事ですし、探求心や努力する方向も勿論違ってきます。

 

 

(※実は私はこの時、事前に配られていた『建築ガイドブック』を、サン=テグジュペリ空港駅に向かうバスの中で読み込んでおり、建築デザインの背景を既に知っていたのです。)

 

 

私は、彼の「好きの大きさ」に圧倒されていたのではなく、

「得意」=彼の一部分の「能力の高さ」に圧倒されてしまっていたのです。

 

 

 『彼は私とは違う個性がある(特性の違い)。』

『だから得意な事、能力も私とは違う部分が育っている。』

 そう受け止めるだけでよかったのに。

 

 

 

 

3.「好き」と思ったら「好き」でいい。理由なんて要らない。

 

 

 何かを好きになるきっかけや理由は人それぞれ違います。

 

「どれぐらい好きか?」や「いつから好きか?」等を誰かと比較する必要なんて一切ありません。

 

 

「どちらかというと好き」も立派な「好き」。

「何となく好き」も立派な「好き」。

「すっっっごく好き!」も立派な「好き」。

 

それでいい!

 

 

 

 

もし、自分の「好き」に疑問を持ってしまった時は、誰かと比べるのではなくて、自分へと問いかけてみて下さい。

 

・それについて考えた時に少しでもワクワクするか?

・やってみたい、食べてみたい、見てみたい等、前向きな気持ちになれるかどうか?

・これのどんなところが特に好きなんだろう?

 

 

そうやって自分に対して問いかける事は、私のブログのテーマである「自分を深く知る」というところに繋がってくると思います。

 

その問いに自分の言葉で答える事が出来る様になった時に、

「自分自身」や「好きなこと」をより大切に出来る様になると思います。

 

 

「何だかいいな」という感覚は、人生を心地よく自分らしく生きていく上でとても大事な感覚です。

私の様につまらない劣等感などを抱かず、大切にその「好き」を、あなたのペースで大事に醸成していって下さいね。

 

 

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こんなに沢山の人間が世界中にいて、

一人一人にそれぞれ「好きなこと」や「興味のあること」が違うなんて不思議ですよね。その違いが面白いし、素晴らしい事だと思います。

 

 

ちなみに私も好きな事、色々あります。

(以前は、「これを趣味と言っていいのかな・・・?」とか余計な事を考えていたのですが、そういうのはやめました!)

 

 

そんな話もまた今後の記事に書いていきたいと思います。

「好き」の話をするのって、話しているだけで楽しい気持ちになれますよね。

とてもポジティブな感情です。

 

 

 

 

それでは今日はこの辺りで終わります。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

*おしまい*

お金儲けは卑しい事だと思わなくて大丈夫【※そう思ってしまった時にオススメの本も紹介】

こんにちは、urarie(うらりえ)です。

 

 

 

さて、本日は

「お金儲けは卑しい事だと思わなくて大丈夫」

という話をしたいと思います。

 

 

 

「働き方」を考える際に、切っても切れない大事な要素。

そう、それが「お金」です。

 

この仕事をする事でどれだけの収入が得られるのか?

生活が出来るのか?

安定しているのか?

 

誰でも考えますよね。

 

 

 

だけど「お金儲け=卑しいこと」というイメージが、少なからず世の中にはあると思います。

 

 

「もう少しお給料が欲しいな」と思う事は卑しい事なのでしょうか?

「これだけ頑張ったのにこのお金じゃ割に合わない」と思う事は悪い事なのでしょうか?

 

今日はそんなお話をしていきたいと思います。

 

 

 

▼ 目次 ▼

 

 

 

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1.「お金儲けは卑しい事?悪い事?」と思った時にまずして頂きたい事

 

そう思った時には、

「お金」という言葉を「ありがとう」に置き換えてもう一度よく考えてみて下さい。

 

 

「もう少しお給料ありがとうが欲しいな」

「これだけ頑張ったのにこのお金ありがとうじゃ割に合わない」

 

 

何を言ってんだ!?私はありがとうじゃなくてお金が欲しいんだ!と思われた方。

もう一度、「お金」を「ありがとう」に置き換えてじっくり考えてみて下さい(迫)

 

 

 

うっすらとイメージがつきやすくなったのではないかと思うのですが、

お金を頂く事=誰かがあなたにとって「ありがとう」と思っている証なのです。

 

 

会社員やアルバイト・パート等のお仕事をされている方にとって一番身近なお給料だって、「〇〇という仕事をしてくれてありがとう」がお金という共通価値に置き換えられているだけです。

 

 

 

お金を稼ぐ=ありがとうを稼ぐ、という感覚を持っておくことで、お金を卑しい物だと思わないで欲しい、という話をしたいです。

 

 

 

 

2.私が営業時代、「売上目標」という言葉に嫌悪感を抱いていたという体験談

 

「お金=お給料」というのがイメージされやすいですが、

 

営業や販売職等に就かれている方からしたら「売上目標数字」は身近なお金の存在ですよね。

 

 

 

昨日の記事にもチラッと書いたのですが、私は新卒で入った会社で求人広告の営業をしていました(私は中途採用部門で転職者用の求人広告を担当)。

 

実はその時に(年齢で言うと20代前半)、お金の事を考えたり、売上目標を細かく立てる事が卑しい事の様な気がして、とても悩んだ時期があったのです。

 

 

特に社内でのどんな話が卑しく感じて嫌だったかというと、

 

 

「採用予算が他社より多いA社なら、客単価もう少し上げれられるんじゃない?」

「売上目標が未達になりそうだから、客数増やす為に新規開拓するぞ」

「今月の売上目標120%達成してインセンティブ(ボーナス)貰ってブランドのバッグ買うぞー!」

 

こんな会話達です。

 

 

 

当時、まだ若かった私は、

「そんなお客さんを金づるみたいな言い方するなんて・・・」とか、

「会社からのお給料を私利私欲の肥やしにする事を大きな声で言わなくても・・・」

とか思っていました。

 

 

 

でもお金を頂かないと、ただのボランティアだよ?とシレッと言う上司や先輩の言う事を頭では分かりつつも、何となくしっくり来ていなかったのです。

 

 

 

毎日の営業活動に違和感を感じながらも、毎月売上目標数字が迫ってくる現実が苦しくて辛くて悩んでいた時(当然売上目標は未達成という事態が続いていました)に、当時の上司がこう言ってくれました。

 

 

「お前が自信を持ってクライアントに紹介出来るサービスを、1つで良いから見つけろ。そしたら、売上目標とか一旦気にせず、そのサービスだけでもいい、全力でお前の言葉でクライアントに紹介してみな。」

 

 

そう言われて、真っ先に思い浮かんだサービスが、メイン商材の求人広告ではなくて、オプションサービスである「適性検査テスト」でした。

(今思えば、自己理解の重要性を熱く語る私の軸は、この頃からあったんだなぁ~と思いました。)

 

 

せっかく新しい人が会社に入ってきたとしても、会社に合わずしばらくして辞めてしまう事になったら、転職者、会社側、どちらにとってもそれは不幸な結末です。

 

 

そういう悲しい事態を少しでもなくしたい!と思った時に、助けになると心から思ったのが「適性検査テスト」でした。

 

 

履歴書上、営業経験が仮に5年あったとしても、実は対人コミュニケーションをストレスに感じている人もいます。

 

この仕事はこんな人が向いている!と人事が思っていても、実際その職場で活躍している人の適性を検査したら、全く違う傾向の人たちが活躍しているというケースもあります。

 

 

そういった不幸なミスマッチを防ぐ為にも、転職者の特性、会社の特性を客観的に捉える事が出来るツール。初期投資はかかってしまいますが、長い目で見るとミスマッチを防ぐ事が出来、求人をかける回数が抑えられる為、御社の為になるはずです!!

 

 

心の底からそう思っていたので、適性検査テストの紹介だけは、どの会社にもくまなくしたいと思いましたし、自信を持って紹介する事が出来ました。

 

 

そして、私の熱量を受けて、適性検査テストを試しに使ってみたい、と言って下さるクライアントが少しずつ現れ始め、ぼろぼろっとテストが売れる様になっていきました。

 

 

テストを買って下さった人事の方から、後に嬉しいお言葉も頂く様になりました。

 

「採用しても人が辞めてしまう部署があり困っていたが、テストのお陰で活躍できる社員の傾向を少し勘違いしていたと気付けました。」

 

「urarieさんのお陰で、面接下手な現場の人間にも一種の採用基準が出来た様でうまくいく様になりました。有難うございます。」

 

私、クライアントの役に立てたんだ~・・・と、とても嬉しく感じました(涙)。

 

 

 

そしてしばらくすると、テストをご購入頂いた会社からのリピート受注が一気に入る様になりました。

 

 

「他の部署でも活躍する社員の傾向を見てみたいと社長に言ったらOKして貰えたので、まとめ買いをしたいです。」

 

「来週また中途採用の面接があるので、追加でテスト購入出来ますか?面接時にはテストを受けて頂く事がもはや常識になりつつあるんです(笑)」

 

 

それはもう本当にめちゃめちゃ嬉しかったです・・・(涙)。

 

 

数か月後には、営業成績が未達成続きだった私は、部内で「テストの女王」と呼ばれる事になりました。(何だかゴッツイ名前ですね。笑)

そして、適性検査テストの売上数字のお陰で、毎月の目標数字を達成できる様になりました。

 

 

この成功体験のお陰で、私の中での「お金」の概念が180°ガラリと変わりました。

 

 

 

お金を稼ごう!と思って動くのではなく、

この人の役に立ちたい!という気持ち・行動の結果としてお金が付いてくる

という考え方になりました。

 

 

あの時、「売上目標を気にせず、お前が自信を持って紹介出来るサービスに集中してみろ!」と助言をして下さった上司に、本当に感謝です。

 

売上目標が達成出来た安心よりも、「お金」がポジティブな物だと考えられる様になった事に本当に救われました。

 

 

 

3.営業職じゃなくても大丈夫!お金の概念を変えたい方にオススメの本の紹介

 

そして丁度その時読んでいた本があります。

その本にも同じ様な事が書かれていました。

 

その本を仕事の外回り途中でランチをしながら読み、「そう、これ!私が悩んでいた事!それから今感じている事!」と強く共感し、読みながら涙が出て来てしまったんです。

(一人でランチをしていたので、絶対に変な人だと周りの人に思われていたと思います…(苦笑)。)

 

 

 

その本がこちら、

手紙屋~僕の就職活動を変えた十通の手紙~』著者:喜多川泰さん 

 

 

【働く事の意味を見つめ直す本】と帯にも書かれていますが、働く事に悩んでいる人もそうでない人も、そして、お金儲けを卑しい事・悪い事と感じてしまった事がある人も、多くの方に読んで頂きたい書籍です。

 

心があったかくて優しい「手紙屋」さんが、あなたの悩みをゆっくりと溶かしてくれると思います。

 

 

 

 

本って、新しい気付きを与えてくれる良さも勿論あるのですが、

既に何となく自分の中に答えがある物を、気持ちいいくらいにしっくりとくる言葉で代わりに言語化してくれるツールでもあると思うのです。

 

私の場合、この本はそういう存在でした。

著者の喜多川さんには、感謝です。

 

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ここまで色々書いてきましたが、結論、

お金儲けは決して卑しい事ではありません。

 

 

ただし、「お金」は「ありがとう」を有形にした物なので、

相手の方がありがとうと思って下さる様な行動なくして勝手にお金が増えるという事はないのかもしれませんね。

 

 

 

 

今日もこの記事を読んで下さった方の心が少しでも軽くなれば嬉しいです。

 

それでは今日はこの辺りで。

 

 

 

*urarie/うらりえ*

短所を改善する為の努力はやめましょう!

こんばんは、urarieです。

 

 

今日はタイトルの通り、

「短所を改善する為の努力はやめましょう!」

という話をしたいと思います。

 

 

 

何を隠そう、私がその努力をしてしまい、後悔しているからです。(ドヤ!)

 

 

努力出来るって素晴らしいことですよね。

でも、努力の方向を間違えると、とってもコスパが悪いんです!

 

 

成績表に例えると、

国語が100点、数理社が80点、英語だけ40点の成績だった場合、あなたは次のテストに向けて何を勉強しますか?

 

 総合点、平均点を上げる為にも、英語の勉強に力を入れる様にしないでしょうか?

 

 

 学生時代の「学力」という視点では、それがきっと正しいと思います。

 

けれど、社会における「個人の能力」という視点では、総合点を高める必要はないと思っています。先ほどの例でいうと、既に100満点の国語の勉強をさらに深めて、その道のプロフェッショナルになれる人間の方が活躍できると私は思っています。

 

 

オールラウンダープレイヤーとして何でもこなせる、全てが平均点以上の人も素晴らしいです。ですが、例えばPCの具合が悪くなったりした時に頼りになるのは、PCマニアではないですか?

 

能力値がガタガタでも、ある分野に関しては能力が突出しているという人は、とても魅力的だと私は感じますし、憧れます。

 

(この記事を読んで下さっているアナタは「何オタク」さんなんだろう・・・?気になります。)

 

 

 

「苦手な事を克服する為の努力」「長所を活かす為の努力」

 

 

同じだけ時間と手間をかけたとしても、伸び率が全然違います。

 

数字で例えると…

苦手(0.5) × 100時間の努力 = 到達点20

得意(1.5) × 100時間の努力 = 到達点150

 

同じ時間をかけたとしても、苦手な事は20の能力しか開花しないけど、得意な事であれば150の能力が開花する!そんなイメージです。

 

 

 

私の、後悔している具体例で話しますね。

 

 

 

私は新卒で人材広告会社の営業をしていました。簡単に言うと、中途採用募集をかける企業に、人材募集の求人広告を出してもらう為の営業です。

 

(この仕事の話はまた別の記事で詳しく書きたいな、と思っています。)

 

 

「営業職」= 一番潰しが効くビジネススキルがつくから、修行の意味で最初にやるのがいいだろう、私苦手そうだけど。(市場価値が高まる様な基本的なビジネススキルをここで磨いて、それから転職しようと思っていました。)

 

という気持ちで就職してしまったのです。

 

 

要は、苦手な部分を克服しようという気持ちで選んだ道ですが、当然その後苦手な事を一生懸命伸ばす為の努力を強いられた訳です。

 

 

当時の私が、営業職の何が苦手だったかというと、

・頭で考えるより、行動量を多くする方が結果が出やすい事

・正直でいられない事(例:顧客に対して、それならA社(競合他社)の商品の方がよさそうですよ!とか普通に言いたい人。)

等が特に苦手でした。

 

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(※補足)

ちなみに営業職といっても、

新規開拓系営業なのか反響営業なのか、ルート営業なのか、はたまた業種(メーカー系の有形商品を扱う or 無形サービスを扱う)によっても、求められる能力は様々ですので、一概に営業はこう!とは言えません。

 

私のやってた営業は、新規開拓7:既存深耕3くらいのパワーバランスを求められていました。そして無形サービスの為、ソリューション営業スタイルといって、商品のスペックの良し悪しで戦う以上に、各営業の提案力がモノをいう様な営業スタイルでした。

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自分で選んだはずの道でしたが…、まぁ会社に行くのが毎日楽しくなかったです(涙)。

そりゃそうですよね、会社に常に自分の苦手な仕事が待っているんですから…(笑)。

 

 

 

 

そして、そこから転職を2回重ねていますが、今の仕事では短所を改善する努力を要求されるよりも、私の長所を活かした業務をさせて頂く機会が多い環境なのです、有り難い事に。(詳しい事はまた別の記事で書きますね!)

 

 

長所を活かして仕事をする事は、難しい事に挑戦する為に努力が必要な時でも、もはや「努力」と自分では思わないんですよね。

 

「自然と知識を深めてしまう」

「気になるから無意識にやってしまう」

「その過程をしんどいと思っていないから“努力している”という感覚があまりない」

 

(※長所は、捉え方によっては短所にもなります。また、長所とは「好き」「得意」等の意味を複合した考え方とも捉えられます。その辺りの概念についてここで説明し出すと長くなるので、こちらもまた別の記事で話したいと思います。別記事に書きたい事が沢山ありすぎますね。笑汗)

 

 

 

ここでいう私の長所の具体例を言うと、

 

・新しい仕組みやシステムの導入に抵抗が無い。(⇔伝統を軽視しがち、という短所の裏返し)

・常に効率的な方法を考えて取り入れている。(⇔面倒臭がり、という短所の裏返し)

 

こういったところです。

 

 

大した長所ではないのですが、偶然にも入社時に同じチームにこういうタイプの方がいなくて、私がそういう役回りになる事が多かったのです。その時には自分にこういった長所があると、ハッキリと言えるほど気付いていなかったです。

 

 

ただ、そういう業務を引き受ける機会が増えても苦に感じなかったり、そういう業務が回ってくると「お!きた!(嬉)」と思えている自分がいる事に気が付きました。

 

苦に感じない「努力」なので、成果が出やすい。

成果が出ると、またそういった役割がまわってきやすい。

さらに経験値が増えていくので、また長所が伸びていく。

能力が高まると、さらに苦に感じない。

 

というプラススパイラルに入っていく事を体感しました。

 

 

※余談:ただ、残念な事に、この長所は私の本業とは直接的には関係が無いのが惜しいところなのです・・・(涙)

 

 

前述した「苦手な事を克服する為の努力」をしている時は会社に行くのが凄く憂鬱だったのですが、「長所を活かす為のさらなる努力」をしている時は会社に行くのが楽しみにすらなりました。

 

 

※余談:もう一度言いますが、この長所は私の本業とは直接的には関係が無いのが残念なところなのです・・・(涙涙)

 

 

短所が数えきれないくらいあるのですが(涙)、ほんの少しの長所でもそこがぐんぐん伸ばされている事で、存在価値が生まれてきたのです。

 

私は昔から、「総合点を高めないと!」とか「これが苦手だから頑張らないと!」などと思ってしまうタイプでしたので、貴重な体験でもありました。

 

 

 

 

私は「働き方」に対して熱い想いがあるので、仕事を例に話しましたが、恋愛や趣味等、全ての事柄においても全く同じ事が言えると思っています。

 

 

 

今、ご自身の短所にばかり目がいってしまっていて、「こういう所直さないとな…」と落ち込んでいる方がいらっしゃれば、ちょっと待ったーー!!

 

 

本当にその短所を改善する努力がベストな方法ですか?

あなたの長所は何ですか?それを活かして解決する事は出来ないですか?

そんな風に問いかけたいです。

 

 

 

※余談:冒頭に成績表の例え話を出しましたが、学生時代に総合点で優劣をつける仕組みは、競争性や公平性の点などから良い面も勿論ありますが、個性に気付きづらいなどのマイナス面もやや隠れているのではないかと感じています。

 

 

最後に。

 

短所が無い人間なんてこの世に一人として存在しません(いや、本当に絶っっ対一人もいないと思っています!)。

もしあなたがご自分の短所に今凄く悩んでいたとしても、大丈夫です。

それはまだあなた自身があなたの長所、個性を見つけてあげられていないだけです。

影はあって当然。でも光が見えたら、影が気にならなくなるかもですよ。

あなたが優しい気持ちであなただけの光を見つけられます様に。

ガタガタの自分を愛せます様に。

 

 

 

*おやすみなさい*

ブログタイトルが玉ねぎな訳。

おはようございます、urarieです。

 

 

昨日のブログ再開に伴い、ブログのタイトルも更新しました。

 

- 玉ねぎのあれは目にしみる -

 

 

・・・ぇ??(怪しい目

 

このブログを見て下さる方がそうならない様に、私の想いが詰まったこのタイトルの意味を記しておきたいと思います。

 

あと、私自身も初心を忘れない様に、という気持ちも込めて。

 

 

 

私は、このブログを通して

 

自分自身の核を見つけたい、

自分を深く知りたい、

自分を見極めて、そして迷わず一歩を踏み出せる様になりたい、

 

そんな風に思っています。

 

 

そして、元々何も特別なモノを持っていない私がそうやって奮闘する姿をありのまま発信する事で、同じ様な境地に立つ人の背中を押したい、とも思っています。

 

 

だけど、何年も もちゃもちゃ〜 と自分に問い続けてきた私はこう思ってしまったんです。

 

「こんなにも自分を知るって難しい事なん…!?(衝撃)」と。

 

一番身近な存在なのに、一番見えないというか。

感覚としては何となくこうっていうのはあるけど、ニュアンス違いなく言葉にして説明出来ないというか。

そして人間なので、歳を重ねる毎に少しずつ価値観や環境、状況も変わってきたりして、、生物ならではの難しさもある。

 

えー、、、根気めっちゃいるやん。。。(遠い目

 

 

その自分の核に近付いていく作業が、玉ねぎを調理する時に似ているな、って玉ねぎを切っている時にふと思ったんです(突然)

 

 

玉ねぎの皮って剥きにくいし、

そもそも玉ねぎのあれで目と鼻がしんどくなるし(硫化アリルという成分でしたかね?)、

出来ればしたくない!!笑

(リアルに、普段の生活でも業務スーパーの冷凍玉ねぎ微塵切りを多用しているズボラ者です。笑)

 

 

けど、地味な癖に玉ねぎがないと味が整わないんだよなぁ〜、、、

 

 

それに、玉ねぎってフライパンやお鍋の中でじーっくり、ゆーっくり丁寧に育ててあげる(炒める)と、飴色になって甘〜くなって、、、(よだれ)

 

涙涙のあれと闘いながら、時間と手間をかけた人だけ辿り着ける黄金の玉ねぎ(よだれ)。

(※ちなみに私はもうここしばらく飴色玉ねぎをお見かけしていないです←辿り着けていない)

 

 

料理に関しては、出来ればお手軽に黄金玉ねぎだけgetしたいのが本音ですが(笑)、自分の人生においては別の話です。

 

人生の中で、自分を知り、自分を見極め、自分に嘘をつかずに生きていく、表現していく、という工程は、例え時間が物凄くかかったとしても、自分自身の力で丁寧に向き合っていきたいと強く思うのです。

 

料理に対しては手を抜きまくりたいですが、こっちは違います。

 

 

そして、私の様に遠回りして疲れてしまっている人のお手伝いがしたいんです。

 

 

- 玉ねぎのあれは目にしみるけど、一緒にがんばりましょう! -

 

こんな気持ちで名付けました。

 

 

 

 

そして、大事な事がもう一つ。

 

玉ねぎ=私、だと思っています。

 

 

玉ねぎの一般的なイメージとしては、ごくごく庶民的な食材で、どちらかというと地味で、簡単にスーパーで手に入るし、お店でも他の野菜達と一緒に雑多に陳列されている印象です。

 

このブログを再スタートした今、

私は私自身に何も持っていない事を自覚しています。何の変哲もないスーパーの玉ねぎの1つです。

 

 

本音を言うと、もっとオシャレでキラキラしたタイトルにしたいなぁ〜という憧れもあったんです(笑)

 

でも、このタイトルを閃いた時に、凄くすごくしっくりき過ぎて、等身大でありのままの自分にピッタリ過ぎる!と思えて、何だか愛着が持てそうな気がして堪らなかったんです(笑)

 

 

思い切ってアイコンも変えました。

 

ネット上に私の顔を出す勇気は…まだ無いのですが、どんな人間が書いているのか、少しでも親近感を持って頂きたくて、私の似顔絵を自分で描いてみました。

 

 

 

現時点では、まだ私は玉ねぎの皮を剥き続けてる状態です(悲)。

「この玉ねぎ、皮何枚あるねん!」と言いながら(笑)

 

 

でも玉ねぎなんだから、絶対飴色玉ねぎになれるはずなんよ(迫真)。

私だけじゃなくて、隣の玉ねぎも、その隣の玉ねぎも、皆ね。

 

ただちょっとその簡単ななり方は分かんないですけど(笑)、なれると思うんで(根拠のない自信)、楽しんで <玉ねぎのあれ> と向き合っていけたらと思います。

 

 

それでは今日はこの辺で。

 

*おしまい*

進むべき方向を決めることが出来たのでブログを再開します。

お久しぶりです。urarieです。

本当~~~にお久しぶりです・・・。

 

タイトルにある通り、

「進むべき方向を決めることが出来ました」。

 

これが正解かどうかなんて分かりません。

 

もう何年も道に迷って、同じところをずーっとグルグルと回っていただけの私が、

「よし、とりあえずこっちに突き進んでみよう!決めた!」

と、根拠の無い自信を胸に一歩進む勇気を持てた。

 

それだけで今日という日は私にとって特別なスタート地点になりそうな予感がします。

 

 

今日は、ブログ再開を期して、大事な事なので以下2点について書きたいと思います。

 

 

▼ 目次 ▼

 

 

1.ブログを離れてしまっていた理由

 

そもそも3年前、迷いながらもブログを始めた私の心境は、

 

「自分の為に何となくライフログを残そう」

「そしてそのログがもし他の誰かにとっての、大事な言葉・気付きの言葉・救いの言葉になればいいなぁ」

 

という、一見目標や目的がある様だけど、全くそうではなく、

今思うととてもぼんやりとしたものでした。

 

 

どっちに向かって進めばいいのか自分でもよく分かっていないから、

思い付いた事をその時のテンションで書いてはみるものの、

 

「こんなんあげたところで、誰が読むんやろ・・・?」

 

とか、いちいち悩み、自信も勇気もなくなってきて下書きフォルダに保存したままの記事もある様な状態でした。

 

 

本日この記事の前に、↓ こちら ↓ の記事を1本あげたのですが、

実はその記事も2年ほど前に書き、下書き保存していた記事でした(涙涙)

 

urarie.hatenablog.com

 

 

 

下書きフォルダに書きかけのブログが何本か保存されている事を

すっかり忘れるぐらい、ブログから遠ざかってしまっていました・・・。

 

 

ブログを書く意味や目的が自分ですら分からなかった。

 

何かを始めたい気持ち、熱だけはあるけれど、「本当にこれでいいの・・・?」という自問自答が常に頭の端っこにこびり付いていた。

 

 

そんな気持ちの悪い日々を過ごしながら、

Instagramで沢山サブアカウントを作ってみたり(何を発信すればいいのか迷った末の大混乱。笑)

Twitterを始めてみたり(結局見る専門でした。涙)

インプットおでぶになってしまったり(本を読み漁り、気分だけ高揚しているけれど全く動いていない肥満さん。涙)

 

・・・本当にぐるぐるぐるぐると、迷っていました(辛。

 

 

 

2.ブログを再開した理由

 

長い空白期間を経て、ブログを再開した理由。

冒頭にもある通り、「心が決まったから」です。

 

「正解を見つけたから」ではありません。

「心が決まっただけ」です。

 

 

10代の頃からずっと、

「私は何がやりたいんだろう」

「私に何が出来るんだろう」

そんな事ばかり考え続け、悩み続けてきた人生でした。

 

30代になり、色々な経験を経て大人になったはずなのに、結局自分に問いかける質問は10代の頃と本質的には変わっていませんでした。

 

そしてようやく気付いたのです。

 

「自分には何もない」という事に。

 

 

だからこそ、

「何もない私が、迷い、葛藤し、奮闘する姿を発信しよう!」と心が決まりました。

 

 

そして、もう1つ気付いた事がありました。

それは、

 

「自分自身を真に理解しようとするエネルギーだけは、あの頃からずっと消えていない」

 

という事です。

 

 

今はまだうまく言葉に出来ないのが悔しいですが、

私は何がしたい?何か出来る事がある?どうなっていきたいの?

その問いへの答えは、私の中にしかないはず。

 

『私の深いところを、私自身が丁寧に紐解き、ニュアンス違いなく言語化する』

 

これは、特別な何かを持っていない私にとっては、

人生をかけて挑むくらいの超超超高き、巨大な壁でございます・・・。

(迷いなくスルスルと登れる方が羨ましいです・・・。)

 

でもやっとスタート地点と走る方向が見えた様な気がするんです。

 

 

私が時に大失敗する姿も、

傷だらけになりながらも前に進もうと奮闘している姿も、

たまにはやる気を失ってうなだれている姿も、

そんな等身大のありのままの私をもし良ければ見ていてほしいです。

 

そして、そんな私を見てクスッとして貰ったり、

私と同じ様に、自分に問い続けている方がいらっしゃるのであれば、その誰かの背中を押せる存在になりたいです。

 

文章能力も本当に無いので、不安が無い訳ではないのですが、

これがブログを再開した理由、想いです。

 

 

 

長々とまとなりなく書いてしまいました。

 

でも今の私にとって大事な事は、

スマートな文章を記す事より、情熱をそのまま閉じ込めておく方が大事だと判断しました。

 

 

もう少しがむしゃらに走ってみてから、

読み手の方にとって読みやすい文章や、分かりやすいブログの書き方等、技術的な部分も追々勉強していくのでもいいかと思っております。

 

 

ブログ再開に伴い、ブログタイトルも変更しました。

そこに込めた想いについては、また次の記事で書きたいと思います。

 

最後まで読んで下さって有難うございました。

 

 

* おやすみなさい *