あの頃の迷いから2年——「続ける覚悟」を選んだその後
はじめに
2年前の私は、迷いの渦中にいました。
仕事は嫌いではないけれど、このまま続けていいのか――。
毎日をこなすうちに、気力が少しずつすり減っていくのを感じてた。
それでも結局、私は「続ける」と決めた。
やめる勇気ではなく、“続ける覚悟”を選んだ。
▼迷いはじめた頃のはなし(4年前)
▼ストレスMAXのときのはなし(4~2年前)
▼やめる前にもう一度やり切ろうと覚悟したときのはなし(2年前)
そしてそこから2年が経った。
気づけば、今は周りからは「先生」「革命家」と、呼ばれている。笑
今日は、そんな私の“変化の記録”をまとめてみようと思います。
疲弊していた2年前

わたしのことを〝ウィキペディア先輩〟と呼ぶ後輩に、「センパイって光属性ですね!」と昔言ってもらえたことがある。
彼女はよく周りをみていて、いつもその例えのセンスのよさやユニークさが印象に残る。
▼ウィキペディア先輩と呼ばれたいつかの日のこと
だけど2年前のわたしは、完全なる「闇属性」だった。
「頑張っても報われない」
「なぜ他人の尻ぬぐいばかりしないといけないんだ」
「人はどうせ変わらない」
——そんなあきらめを抱いたまま、惰性で働く自分に、どこか嫌気もさしていた。
周囲の人へのイラつきを隠せないほどにストレスフルな毎日で、「どうせわたしもここ辞めるから」という気持ちで、攻撃的な発言もとても多かった。
けれど、あのとき私は結局はやめなかった。
いや、正しくは、やめようとしたけれど、「最後に、自分の持っている武器で、やれるだけのことを、自分の手で変えてみる努力をしてからやめよう」と決心した。
環境を変えるより、変わらない他人を嘆くより、自分の手で変えられることを変えるんだ。
自分のいる場所の居心地は、自分の力でよくするんだ。
そう腹を括った瞬間、ぐるぐると同じところをさまよい続けて前に進めなかった暗黒時間が、動き始めた。そんな気がする。
「続ける」と決めてからの静かな革命

覚悟を決めてからの2年間は、静かな革命の日々だった。
最初に取り組んだのは、水面下での、新人研修の仕組みづくり。
それから、実務の業務改善。
はっきり言って、どちらもそのスタートは「負の感情」が起点だ。
自分が新人のころの「習っていないのに怒られる」「納得できない仕組みの中で理不尽に扱われた」という悔しさ。この気持ちは強烈だった。
また、業務改善については、「なんでこの人はこの無駄に気付かないんだ…!?」という苛立ちがとても強かった。
こちらへの実害がなければ正直なんとも思わないんだけどね。
ある人の「非効率」が、そのままダイレクトにこちらにも影響する。
あーーー、人の時間をなんだと思ってるんだーーーー
それら「強烈な負の感情」にしばらく飲まれていたけれど、この〝負のエネルギー〟を武器にしよう、と覚悟を括ったんだよね。
これだけ強い感情を抱けるということは、それだけ自分は熱量があるんだ、と気付いて。
8年前。
このブログをはじめたとき。
その頃は、ただただ「やりたいことがわからない」状態で、もがいていた。
▼もがきながら、玉ねぎ爆誕。
4年前。
自分の道は「教育」と「改革」なのかもしれない、と気付いたとき。
ここから少し道が拓けてきた。
▼その頃のはなし。
自分の意識が「教育」と「改革」には敏感で、かつ、その分野には自信を持ち始めていたからこそ、この2つの分野の歪みを見過ごせなかった。
「変えられない上司や同僚」、「動かない組織」に目を向けるより、
「自分の半径3メートル」を自分のできる範囲で、整え、変える方がよっぽど建設的だなーと思った。
「先生」「革命家」と呼ばれるまで
「教育」に関して。
最初からうまくいったわけではありません。
私の職場は「背中を見て学べ」という文化が根強く、丁寧に教えることが〝甘やかし〟だと捉えられがちでした。
だからこそ、最初は周囲の理解を得るのが難しかった。
でも、後輩には同じ思いをさせたくなかった。
既存の文化の中で、生き残ったのは私を含めてたった数名だ。
わたしたち生存者は、むしろ〝特殊〟なんだよ。
〝普通の子〟でも生きていけるようにしてあげたい。
そういう気持ちだった。
まずは、たった一人で、水面下で、研修内容を独自に企画し、研修スケジュールを勝手に組みたてた。
その頃から、ごく局所的ではあるが、新人研修に少しだけ携わっていたので、それをきっかけに何とかこじ開けていくしかないと考えた。
- まずは目の前の新人に「うらりえさんの研修はわかりやすい」と思ってもらうこと。
- そして新人がその分野で実績を出すこと。
これが最初の課題だな、と思った。
つぎに、もし新人が実績が出せれば、その汎用化を狙って、必ず上司が教育方法の「中身」を見に来るときが来るはず。
そのときがきっと勝負だ。
圧倒的な「準備量」「質」を見せつけられるように、資料を可視化しておこう。
〝上司の意識を変える〟
これがふたつめの課題だった。
「新人はバカなんかじゃない。意味をきちんと教えれば、きっと自走できる。」
——そう信じて、「どうすれば新人の理解が深まるのか」を徹底的に考えながら、研修スケジュールやテキスト、動画・音声教材もイチから設計した。
それらの教材をもちいて、時間をかけて対面で「意味 → 手順」で伝えるレクチャーをつづけた結果、新人たちの理解度や成長スピードが明らかに変わってきた。
そのうち、「あいつは甘やかすぎじゃないか?」と懐疑的だった上司たちも、成果を見て態度を変え、「俺らはそんな風には育てられてないけど、今の時代はまた違うんかもな」と言い始めた。
気付けば、いろんな部署の新人も任せられるようになり、「新人研修の先生」と呼ばれるようになった。
その一方で、実務の業務改善もガシガシ進めた。
もう周りの目なんて一切気にせず。
他人の領域?そんなことも遠慮せず。
一旦行くって決めたんです、はい、すみませんね土足で。
だって、あなたたちがチンタラしてたらこっちにしわ寄せが来るのよ(実績あり)
新しいシステム開発のプロジェクトリーダーとして、他部署と闘い、システム部門や上司を巻き込んで協力してもらい、新システムを開発しきりました。
懐疑的な同僚たちにもプレゼンして、マニュアルつくって、なんとか導入完了。
スイッチの入ったブルドーザー、こえぇ…(苦笑)って、周りはたぶんちょっと引いただろうな。
大丈夫、わたしもわたしの熱量に引いてる(笑)
でも決めたから。
できるだけやり切るって。
一度心の中では会社を見切ってやめてるからね。
こちとら怖いものなんてないんだよ(どや
その恐れを知らぬ行動の数々から、いつしか「革命家」とも呼ばれるようになっていた。
「先生」と「革命家」に共通すること

この2年間は、決して順風満帆だったわけではない。
人を育てることは、正解のない挑戦の連続。
伝わらない日もあれば、成果が出るまで時間がかかることもたくさんあった。
また、私の研修はうまくいっても、その後、自分の部署に帰って、本来その子の上司やOJTにバトンが渡ったあとに、モチベーションがさがって辞めてしまったり…。
すごく悔しかったなぁ…。外的要因がどうしてもあるんだもん。
それでも続けてこられたのは、教えている子が「わかりました!」と嬉しそうにする瞬間があるから。
その笑顔を見るたびに「あのとき辞めなくてよかった」と思う、大げさではなく。
業務改善だってさ、終わるまでは、「本業」+「余計な仕事」をしている状態がずっと続くからね・・・。まぁキツイよね・・・(苦笑)
でも、「忙しい」を理由に諦めたら、変化なんて一生起きないからね。
ブログは書けていなかったけど、毎日とても激動で、アップダウンも激しかった。
ひとり、未知との闘いっぱなしで、アドレナリンはずっと出っ放し。
こんな熱量の人まわりには一人もいなくて、最初は浮いてたけどさ(笑)
一貫して行動しつづけてたら、一人、二人・・・と少しずつ協力してくれる人が現れたんだよね。
ただ肯定的に見てくれたり、応援してくれるだけで嬉しいのに、一緒に伴走してくれるなんて・・・孤独な改革者にとっては、本当に本当に心強いんです。
そんな、「先生」と「革命家」。
「教育」と「改革」。
ふと、気付いたんだけど、これらに通ずるものってあるな、と思った。
- 複雑なことの構造的理解
- 構造を翻訳すること
- 現状を再定義すること
- 第三者へわかりやすく伝えること
なるほど・・・?
「構造理解 → 再構築 → 伝達」
――これがわたしの「好き」で「得意」で「情熱を注げること」なのか。
ずっと言葉にできなかったことが、言語化できた気がする。
「やりたいこと」って、決してポジティブな感情だけじゃない。
「許せないこと」というネガティブな感情も、突き詰めていけば「(それを避けるために)やりたいこと」にポジティブ変換できるんだ。
これは大きな発見だった。
まとめ:変わったのは、周りじゃなくて「自分」

この2年間で一番変わったのは、環境そのものではなく、“わたし自身”です。
以前は、「会社が変わらないと、私も変われない」と思っていました。
今は、「私が変わると、会社の見え方が変わる」と感じています。
環境を嘆くより、仕組みをつくる。
人を責めるより、プロセスを整える。
そんな小さな積み重ねが、〝革命家〟しいては〝先生〟と呼ばれる結果を生んだのだと思います。
2年前、会社を辞めたい、ストレスから解放されたい、と思っていた私は、きっと今の自分を見て驚くと思います。
あのとき「続ける」と決めていなかったら、
“自分の中の革命”は始まらなかった。
「誰か」が変わるのを待つんじゃなくて、「自分」が変わる。
そうして起きる変化は、正直劇的なことではなく、小さな改善を何百回も積み重ねた先に訪れる、じわり・じわり・・・という数ミリの変化。その連続。
「やめる勇気」も大事ですが、「続ける覚悟」も同じくらい尊い。
「続ける覚悟」は、想像以上に強い力を持っていました。
これからも小さな革命を重ねながら、自分で変えられる世界を少しずつ広げていこうと思います。
やめるのは、その後でもいいかな。
* うらりえ *
子供にとって「仕事の話が出来る親」でありたい
- 1.子供にとって「仕事の話ができる親」でありたい
- 2.私が高校生のときに母親に抱いた強烈な違和感
- 3.新卒で入った会社も、親への反骨心の影響が強い
- 4.現場好きのスペシャリスト、上流にいっちょ噛み系ゼネラリスト
- 5.まとめ|これからも仕事での気付きは記録していく
1.子供にとって「仕事の話ができる親」でありたい

つい最近、ハッキリと自分の中で気付いたことがある。タイトルにある通り、「子供の仕事の話が聞ける親でありたい」って件。
ここ最近、仕事について悩むことが多くてですね。
でも、「仕事を辞める」という選択肢は、どうも簡単に取りたくなくて。
単純に金銭的な面もあるけど、それだけじゃないんだよなぁって、ずっと引っかかってたんです。
- なんで自分はこんなに仕事に固執するんだろ?
- 「やりたいこと」と「仕事」の関係性に執着する理由は?
- 仕事大好き人間なのか?(嫌いではないけど、なんかちがう気もする)
などと、絶妙なモヤっと感をまとっていたんだけど、つい最近解決したよ。
私は「子供が仕事のことに悩んだときに、ちゃんと聞き役になれる大人でいたいんだ」って分かって、言語化できて、めちゃスッキリした。
自分の中の「大事なこと」とか「価値基準」とか「軸」を言語化できるとさ、人って迷いがなくなるよね。私はこの感覚が好きで、いつも自分のアタマの中、ココロの中をウロウロと探検してます。
そんな宇宙探検(笑)の結果、今回は「掴んだ!」という感覚はあるんだけど、まだちょっと粗い。だいぶ粗い。
粗いけど、今時点でわかっていること、掴んだことはキロクしていこうと思う。
「子供の仕事の話が聞ける親でありたい」——この軸が強く私の中にある理由は、きっと、私自身の子供時代の体験からきているっぽいな。
2.私が高校生のときに母親に抱いた強烈な違和感

ちょっと回想入るけど。
私の母親は、実は色々苦労していた。
大人になってだんだん分かってきた。
だけど、子供の頃にはそんな様子を一切感じなかった。
それが母親の母親たる素晴らしいところだと、今でも尊敬している。
苦労を知る人だからこそ、私には楽をさせたかったんだろうね。
平成時代でいう『勝ち組コース』みたいなのに、乗せようとしてくれていた。学歴とか、将来の選択肢とか。
そんでまた私はというと、学校の勉強は得意だったんだよね。
人生をイージーに生き抜く〝賢さ〟はまったく無いのに・・・(涙)
大人になってからはさておき、「学生時代」は学校の成績さえよければまぁ充分に安泰なものでして。母親の描く『勝ち組コース』のど真ん中を悠々と突き進んでいた、中学、高校時代だった。
だけど、高校卒業が近付いて来て、「進路」その先の「就職」がチラつき始めた時に、私は一気に焦った。「これは母親が決めた将来じゃん」って。「私自身のやりたいことって何かわらかない」って。
中途半端に自我が芽生えてしまった女子高生は、進路相談をグシャグシャに積み重ねた結果、こうなったのです。
親が敷いてくれたレールから飛び降りた世間知らずの女子高生だった私
(以下の過去記事からの援用文)
\参考記事/
▼私の子育ての原点はここかも、と気付いたときの話
もちろん、周りの大人たち、そして母親に、全力で止められた。
けど、私にはどうしても、母親に対して強烈な違和感があって、聞く耳を持てなかった。
「そんなこというけど、お母さん、その道で働いてへんやん」
「自分がやったこともないことを、理想像を、勝手に押し付けんなや」
この想いは相当に強かった。
3.新卒で入った会社も、親への反骨心の影響が強い

そんなこんなで、大学も、母親の理想とは違うところに行き、就職先なんて理想の真逆みたいな会社に入った私(笑)
大学は、建築デザインを専攻。
だけど、挫折。
\参考記事/
▼挫折した時の話。
建築を仕事にしていいのか?
私がやりたい仕事ってなんだ??
と、迷った挙句、入社したのは、転職支援サービスを展開する人材系企業の法人営業。
理由は、
- 就活でやった『業界研究』の延長を、いろんな企業の内情見ながら出来るから
- 3年以内に転職できるくらい自分の市場価値を高めたかったから
- 自分と同じように就職・転職で悩む人の手助けをしたかったから
実は『辞める前提』で入社してます。新卒のくせに「この会社を踏み台にしたろう」くらいの気持ちでした。(結果、仕事が厳しすぎて、こっちが踏み倒されたけどww)
えっと、まとめるとですよ?
「大学」も「会社」も、『〝やりたいこと〟を見つけないと』という見えないゴールに縛られ過ぎながら選んでるんだよね。
これは、母親が『〝やりたいこと〟を仕事にしている人』だという影響が、かなり大きい。自分も、母親のように当然に〝やりたいこと〟を仕事にするんだー、と思ってた。
母親が敷いてくれたレールから飛び降りるとき、母親に散々言われた言葉がある。
それが、
「やりたいことが仕事にできる人なんて、ごく一部の人間だけやからね」
この言葉に、血気盛んな女子高生は、反骨精神が超ウルトラスーパーむき出しになった、という風に記憶している。
そう、世間知らずなJKでした、はい。
4.現場好きのスペシャリスト、上流にいっちょ噛み系ゼネラリスト

まぁ、なんやかんやで、今に至る訳なんですが。
結局、何が正解やったんかなー、とか。
あの時どうしてたらよかったんかなー、とか。
とはいえ逆の立場やったら、あんな風に反対はせんやろー、とか。
やりたいことが仕事に出来る人は、確かにごく一部だけかもなー、とか。
いろーーーんな想いが、この20年程度の時間の中で交錯してきたんだけども、1つハッキリと分かっていることがある。
それは、母親と私は、まったく違う人間だった、ってこと。
幼い頃から、私にとって母親は強烈なロールモデルだった。
やりたいことを仕事にしている女性。
仕事をしながらも、家事と育児の両立も出来ている女性。
家庭と仕事のバランスを自由に取れている女性。
こんな女性になりたいなー、という気持ちが、いつの間にか「こんな女性になれるはず」に変わっていた。全然違う人間なのに。
母親と自分がまったく違う人間だと気付いてから、自分の中で行き着いた結論がある。
その結論ってのが、世の中には
- 現場好きのスペシャリスト
- 上流にいっちょ噛み系ゼネラリスト
ザックリこの2種類がたぶんいるんだわ、ってこと。
そして、母と私は、この対極に位置する人間だったんだわってこと。
社会人歴が浅いのに「やりたいこと」ってのが明確にある人ってのは、『現場好きのスペシャリスト』が多いなーって。専門特化したスキルでフリーランスとして働くことができるタイプ。ひとまとめにはできないけど、結構この色が強い人って、マネジメントスキルはなかったりする気がする。
そしてもう一つ。『上流にいっちょ噛み系ゼネラリスト』。
現場の人間としてのスキルは乏しいけれど、浅く広く知識と技術があって、全体を見たり動かしたりする能力の方が強い人。仕事の上流にいっちょ噛みしたい意向が本人になくても、組織の中でマネジメントとか企画とか調整役とかそっちの方が花開く系。
この2つのどっちか!なんてことはなくて、他にもいろんなタイプの人がいるんだけど。
ちなみに、母は完全なるスペシャリストで、私はようやくやっと気づいてきたけどゼネラリストくさい。「改革」とか「教育」を担当している時点で、どっちかというとそっち寄りなんだろうなぁ。
\参考記事/
▼私は「教育」と「改革」が好きだと自覚したときの話。
社会で働く人をジャンル分けしたくてこの話をしている訳ではなくて、要は「世の中にはAとかBとかCとか、いーーっぱい色んな人がいて、その中で私はここらへんよ」というメタ認知ができていることが大事じゃん、って話。
さっさと自分の立ち位置を把握できたら、遠回りしなくていいよね。
母親みたいな働き方をしたかった私だけど、今は自分がゼネラリスト志向だと受け入れたことで、楽になった。
だって、「改革」と「教育」、おもしろいもん。
専門スキル・専門知識がないと、改革も教育もできないから、深める努力は必要だけど、この道でスペシャリストとして働く人の深度よりかは浅い。その代わり私は、人材育成や仕組み化づくりなんかの方に自分の時間や資源を割く。そっちのが楽しいし、得意なんだよね。
ああいう生き方もあるし、こういう生き方もあるんだよ~っていう話は、子供たちにきちんと言語化できる大人でありたい。選ぶのはキミだけどね、って。
5.まとめ|これからも仕事での気付きは記録していく

言葉にして説明できる、それも、分かりやすく。というのは、簡単なようでそうでない。それを「簡単」といえる人は、無意識に、日常的にアウトプットをしている人だけです。
私からすると、自分の仕事を教えることは比較的難しくない。でもそれは、過去に何十人と教えてきて、たくさん失敗しているから。
自分が「慣れ」と「感覚」で習得していることを、何も知らない人に何度もアウトプットしていく中で、たくさんの失敗と気付きを経て、だんだん体系化できてきただけである。
仕事のことだけでなく、人と人のコミュニケーションの原点も同じな気がするんだよね。
私は昔、大学ノートに自分の感じたことや考えていることを、ただただ書き殴ることを続けていた、ちょっとキモイ人間なんだけどw でも今思えばあの頃は、いろんなタイプの友人から相談事をされることがめちゃめちゃ多かった。
\参考記事/
▼私が昔やっていた、思考と感情の整理法の話。
相当に自分のアタマ&ノートの中で、自分に起きたこと、周りで起きたことを殴り倒していたから(笑)、めっちゃアウトプット練習しまくりな日々だったんだと思う。
思考と感情が言語化できていたからこそ、適切な「量」を、適切な「表現」で、相手に伝えることができていたのかもしれない。
でも今は、人の相談に乗ることが本当に自信がない。
だって全然練習していないもん。
毎日の忙しさにかまけて、思考も感情も放置しまくり。
言語化できていないのが常。
余計な失言をかますこと多し。
だけど、肝心なことをきちんと言葉にできない。
「なんかそんな感じ」と抽象表現になる。
まわりの人にも出来ることならもっと丁寧に接したいし、少なくとも、私の言葉の影響が大きい相手、そう、わが子には後悔のない対応がしたい。
だから、これからも仕事を通して気付いたことや学んだことは記録していきたいと思います。
ブログは、私のキロクであり、練習でもあるのだな、と気付いた回でした。
この #思考メモ の数々と、挑戦と失敗のキロクが、画面越しの他の誰かの役にも立てばいいな・・・という淡い企みもあるのですが、、、それにはまだ私の器量と技術が追い付いていない感しかありません・・・苦笑。
とりあえず今回はこのへんで。
\ コーチングの勉強はじめました /
* うらりえ *
苦手な人にイライラが止まらないときの思考法
ども、うらりえです。
今回は、前回の記事の裏側のおはなし。
\ 参考記事 /
▼ブログが書けなかった半年間で発見したこと
前回の記事では、この半年間での「光」の部分をまとめました。でもこの「光」は、「闇」があったからこそ…。
今回は、その「闇」のおはなし。
自分の記録のために書きます、お得意の「#思考メモ」を添えて。
\ 参考記事 /
▼「#思考メモ」をつければ、好き勝手語ってよい回としました!笑
- 1.同僚にほとほと嫌気がさしました
- 2.コロナ禍のワーママの葛藤
- 3.価値観ギャップに対する葛藤
- 4.「仕事ができない」の定義って?
- 5.選択肢は、逃走か、銅像か、闘争か
- 6.まとめ|戦い方のレパートリーを増やしたい
1.同僚にほとほと嫌気がさしました

私が直近で体験した「闇」とは、職場の同僚にほとほと嫌気がさした、という件です。日々、仕事で2人にストレスを感じていて、家族や友人に愚痴を聞いてもらいながら、この半年間はやってました(笑)。まぁ、よくある話ですよね。
具体的には、2人の後輩にストレスを感じていました。
対象の2人の後輩のことを簡潔に説明すると
- 真面目で頑張り屋さんだが、自分の意見が言えない30代時短ワーママ Aさん
- ミスが多く指示待ちタイプの20代未婚 Zちゃん
2人とは4年以上の長い付き合いになるのですが、性格の違いはさまざまあれど、異常な嫌悪感を感じたことは特にありませんでした。
そう、コロナが来るまでは・・・。
タイミングが悪いことに、この「コロナ」と「育休明けのママたちの復職」と「繁忙期」が重なったことで、事態は急激に悪化したのです。
2.コロナ禍のワーママの葛藤

コロナの影響もあり、ワーママAさんは累計でものすごい日数、急な欠勤をされました。そう、まだ保育園に通う小さなお子さんがいたんです。(数えてないけど、おそらく累計日数でいうと、余裕で40日とか超えるんじゃないかな。)
- お子さん自身の発熱などの病気で欠勤
- Aさん自身の体調不良で欠勤(子からうつった?)
- 濃厚接触者になってしまい欠勤
- 本人もコロナになって欠勤
などなど。。
幼児ってただでさえ病気しやすい。それプラス、コロナのせいで、ちょっとした体調不良でも出社不可、登園不可となり、欠勤つづき…。
会社としてテレワークが出来る体制はあったんだけど、そもそも幼児の面倒をみながらのテレワークって、生産性めっちゃ低いんだよね…。1人で遊べる小学生くらいの子供ならそんなことないけども、幼児は1人で何時間も遊べないよ。幼児とテレワークするなら、幼児のお世話係がもう1人必要。
もしくは、成果型のテレワークならいいんだけど、時間型でのテレワーク(※)って…、「それってテレワークっていわなくない????」とモヤモヤが止まらず。テレワークだと進み悪いから、出社してる私が進捗気にしながら、仕事を振る段取り考えたりしなくていけなくて、疲れた…。
(※一日でこれだけの仕事はこなす事は約束するので、時間は自由にさせて下さい、が成果型。何時~何時まで仕事します、が時間型。成果型なら、お子さん起きてる間は思い切って遊ぶ時間何回も取っちゃって、勤務時間ずらすとか出来るよね。)
真面目で、頑張り屋さんのAさんなんだけど、私はAさんが休む(or テレワーク)する度にそのフォロー三昧。
ここでポイントだったのが、Aさんだけでなく、私自身も幼児を子に持つワーママだったのに、ほぼ出勤していた、という点。この差は一言ではあらわせない。そんなことは分かっている。
私目線では、申し訳ないけどAさんに対して
「なぜ何も相談しない??」
「なぜ何も提案しない??」
「なぜ何も協力を仰がない??」
そういう不満が溜まっていった。
3.価値観ギャップに対する葛藤

Aさんのフォローに毎日ヒィヒィ言ってる中、もう一人の問題がさらにのしかかってきて、私の精神は限界を超えたんだ・・・(笑)
ミスが多く指示待ちタイプの20代未婚 Zちゃん。彼女の存在だ。
Zちゃんはねー、とにかく仕事への価値観のギャップがとにかく大きいんだわ。
とにかくミスが多い。
向上心もほぼゼロなんですよね。
ミスには2種類あると思うんだけど。「ケアレスミス」と「知識不足によるミス」ね。Zちゃんはどっちも多い。で、それを直さないと、という意識も低い。自分はそういうスタンスだから~~って感じ。考える仕事はしたくないけど、作業ベースで言われたことはやりますが…(面倒なこと、難しいことはやりたくない)、という感じですね。その代わり、多くを求めないし、急な欠勤なんかもほとんどない。
で、上司も、私も、Zちゃんのこういう価値観を、ある意味許容していた。
自分の能力や気概、そういう部分を彼女はわきまえていたから。
だけど、それは私自身への被害がない範囲での話でしかなかった、と わかった。
Aさんのフォローで手一杯な中、Zちゃんのミスも全て私がフォローする形になっていき、実被害が出て来たのだ。(Zちゃんは毎日ほぼ半日は外出している。外出中の急なミス対応などは、私がする羽目に。)
〝人は余裕がなくなった時に本当の姿があらわれる〟
などといいますが、この時期に私は私自身の本性に気が付いたよね(笑)
「おい、お前ら。自分の仕事くらい、自分でケツ拭かんかい(怒)」
「おい、上司。自分でケツ拭かせろや。何で私にやらせるねん(怒)」
毎日、毎日、怒り狂ってました。
これが本性なのね…。
4.「仕事ができない」の定義って?

はい、ここまで、もう既に解決しているモヤモヤを思い出して、再モヤモヤを愚痴らせて頂きました。読んで下さった方、ありがとう…(涙)不快な気持ちにさせてしまっていたら、ごめんなさい。
この事件?については、既に、上司、Aさん、Zちゃんと話し合ったり、仕組みをつくったことで解決しています。
ここからは、「何があったか?」の先の、「何を考えたのか?」という『#思考メモ』の話になるんだけど。
みなさん、「仕事ができない」の定義って何ですか?
ミスが多い、理解力が低い、報連相ができない、とか、何か色々あると思います。
自分に対して、「私って仕事ができないなー…」と自信がない人もいると思います。
私は、「仕事ができる/できない」の定義って、「私が当たり前に出来ることを、私が【ここまでやって当然だ】と思う基準までできている/できていない状態」のことを指すんだと思うんだ。
だから、「仕事ができる/できない」の基準って、人によるんだと思うんだよね。
私はAさんに対して、「何で何も言わないのか?」「何で何も提案しないのか?」という点でモヤモヤしていました。これは逆に言うと、私は困ったことがあったら、すぐに周りの人に相談することを大事と思って実行していて、困ったことがあればすぐに対策する、もしくは、仕組みをつくって解決することを重視しているからなんだよね。
そして、Zちゃんに対しては、ミスが多い点、自分のミスを自分で処理しない点、知識不足の部分を勉強しない点、言われたことしかしない点、といった部分にモヤモヤしていたけど、そう、それはつまり私が逆を大事にしているってこと。
このモヤモヤ期(イライラ期)を乗り越えた最初のきっかけは、私がこのことに気付いた点なんだよね。
つまり、「〇〇が出来ない相手が悪い」という発想じゃなくて、「自分は〇〇が無意識で出来るくらい得意なんだ」という、逆転思考になれたこと。
この思考になれたことで、一気に状況が好転した。
- 「私は〇〇が得意なんだ」
- 「じゃぁAさんは何が得意だ?」
- 「Zちゃんは何が得意だ?」
- 「もしかしたら私が重視していないことや苦手なことの中に、二人の得意なことがあるかもしれない」
こうやって、自分のことも、相手のことも俯瞰して見ることで、「仕事ができない人ばっかりでもう嫌だ!」と逃げたくなっていたんだけど、「他責で考えるんじゃなくて、私が得意な力を使って変えられる部分を変えよう」という発想になれたんだよね。
…ナイス、あの時のワタシ。
5.選択肢は、逃走か、銅像か、闘争か

困難な状況にぶつかった時の選択肢って、いくつあるんだろう。
過去の記事で、「少数派の選択肢」は、【逃走】か【闘争】しかないのでは~~って話をしてたけど。
\ 参考記事 /
▼「少数派の苦しみ」ってとこで喋ってました。
AさんやZちゃんの良いところを探していて気付いたんだけど、【銅像】っていう選択肢もあるなぁーって。【逃走】と【闘争】の語呂にあわせて言ってみただけなんだけど、つまり【銅像=耐える】ってことね。
さっきも書いたけど、「もしかしたら私が重視していないことや苦手なことの中に、二人の得意なことがあるかもしれない」と意識して、見つけたのがこれ。
過去に2人から言われたことを、じっくり思い出してみて見つけたのが、
「うらりえさんの、自分の意見や考えをハッキリ言える部分がうらやましい」
っていう言葉だった。
この言葉を色んな角度から別解釈するとだよ?
- 2人は、自分の意見や考えをグッと飲み込むことが出来る
- 2人は、周りの意見を大事にすることが出来る
- 2人は、耐えることが出来る
つまり、私にとっては、苦手だし、無意識だとなかなかとらない選択肢だけど、【銅像=耐える】という選択肢もあって、それが得意な人もいる、という事実が見えた。
【銅像】だって、立派な選択肢の一つだ。
どの選択肢がいいか悪いかっていうのはない。
自分がどうしたいか?によっては、選択が変わるだけ。
さぁ、今したいのは────?
▷逃走(逃げる)
▷銅像(耐える)
▷闘争(たたかう)
6.まとめ|戦い方のレパートリーを増やしたい

私は「戦い方のレパートリーをもっと増やしたい」と考えてる。
そもそも【銅像=耐える】は、性に合わないし、どう頑張ってもやっぱり苦手です。。。苦手なことが出来るようになるよりは、得意なことを磨きたいです。
今回、AさんやZちゃんのおかげで、私は自分が戦えることに気付けました。
だけど、同時に、戦い方が一辺倒であることにも気付きました。
それは、たぶんきっと、これまで長い間一人で戦ってきてしまったからだ、と。
いつからだろうね。。。子供が産まれた時からかな?
いや、主人の影響もある気がする…?
原因はよくわかんないけど、何か気付いたら現代の「超個人的主義」に染まりつつあったのかも…、と。
思い出すんだー。
私は、誰かと何かを成し遂げるときの方が本領発揮できるタイプじゃないか。
\ 参考記事 /
▼チームプレイで力を出せるって、ここで気付いた。
思い出すんだー。
私は割とウェット人間だったはずじゃないか。
\ 参考記事 /
▼私は全人類に興味があることになった回。
思い出すんだー。
一番大切なのは、短所克服じゃない。良さを見つけて伸ばすことじゃないか。
\ 参考記事 /
▼「ヨンケイ」を通して染みついた大切な人生観。
私は、銅像にはなれないけど、闘争はできる。
それでいい。
出来ないことがあっていい。
出来ることに磨きをかければ。
でも、出来ないことがあるからこそ、一人で戦うには限度がある。
誰かに頼って、誰かに助けてもらおう。
自分が出来ないことも、誰かの力を借りたら出来るかもしれない。
それが他の誰かのためにもなるかもしれない。
次もしまた壁があらわれたら、こういう気持ちで挑みたいと思います。
(備忘録の意味も込めてキロクしときます。)
\ まとまってないけど、おーわりっ /
うらりえ
やりたいことがわからない症候群から抜け出せそうな気がする
1.キャリアの9割は偶発的

とーーってもお久しぶりになってしまいました、うらりえです。
前回の投稿がなんと半年以上前・・・。実はこの空白の半年の間、ものすごくしんどかったです、仕事が・・・。何があったかはまた後日書き記しておきたいと思うんですが、この苦しい期間のおかげで、「やりたいことがわからない症候群」から抜け出せそうな気がしてます。
あ、抜け出しきれてはいませんよ(笑)
今だにわからんこと死ぬほどあるんだわ(笑)はははhaha
だけど、大事なことに気付かせてもらえたので、記録しておきますね。
その大事なことっていうのは、
「キャリアの9割は偶発的におこる」ってこと。
キャリアってのは、誤解している人も多いんだけど、〝轍(わだち)〟って意味があって、要は自分が通ってきた道筋のことね。だから、キャリアとは過去の積み上げのこと。
一方、やりたいことっていうのは未来のことだよね。
自分の前後の道が、「キャリア」と「やりたいこと」。そういう解釈で話を進めていきますね。
はい、話は戻って。
キャリアの9割は偶発的におこる、って話。
なんか、理想はさ、「やりたいこと」に向かって自分の意思で走っていって、ふと後ろを振り返ったら「やりたいことを突き進んできたキャリア」が出来上がっていた、ってのがイケてる風~!!って、私誤解してたなーって気付いた。
いや、そういうタイプの人もいますよ。
前回の記事↓↓(前回が半年前っておい…w)でいう「ストレートキャリア」の人ね。
でもさ、「やりたいことがわからんないからどっち向いて走ったらいいかがわからんのじゃー!!」って人も多いと思うんだよ。
それでさ、
行先決まってないのに頑張って走る意味あんの??とか
やりたくもないことで努力とかしたくないし、とか
貴重な時間、やりたいことに注ぎたいっす!とか
なんかそういうこと色々考え出して、「やりたいこと」って書かれた標識を探したり、探しても見つからないから自分で標識作ったり、そういうのやり出したりする訳よね。
ここでもうお気付きの方もいらっしゃるかもなんですけど。
標識探し、ないし、標識づくりに邁進しているこの方々・・・
【悲報】この間、一歩もその場所から動けてません。
つまり
【再・悲報】この間、キャリア築けてません。
あ、これ全部、過去の私の話ですーーー(つらみww
轍(わだち)がゼロだと、いつまで経っても、見える景色は一緒。
だけど、少しずつでも動き出して轍をつくっていくと、【何か】が起きる。
途中でうさぎやキツネに出会うかもしれない。気付いたら、動物たちのブルーメンの音楽隊の一員になってるかもしれない。(突然のメルヘンぶっこみ)
途中でやばめのクマ的なやつに出会って、必死で猛ダッシュするはめになるかもしれない。それで気付いたら、見たこともない町に辿りついてるかもしれない。(メルヘンからの、急な命の危機)
【何か】はいいことかもしれないし、悪いことかもしれない。
けど、そうやって予期していなかったことたちの積み上がりで出来るのが、自分のキャリアだったりする。
自分の意思で進む道を選択してきたつもり私ですが、
結果、私のキャリアなんてものも、10割10分10厘、偶然でできてますわ。
そんなもん。
2.畑を変えるのではなく、畑を耕し切る意識

それでね、タイトルにもある通り、やりたいことがわからない症候群から抜け出せそうな気がするって話なんだけど。
私、これまではさ、「この畑で〝やりたいこと〟が見つからないなら、見切りをつけて次の畑へ乗りかえるのじゃー!!」って動いてたんだよね。〝やりたいこと〟って奴の、色も形も大きさも知らない癖にね(笑)
でも実は結構いると思うんだ、こういう人って。
何が言いたいかっていうと、「やりたいこと」っていう黄金の玉ねぎを 一発で掘り当てることを狙うなってことです。
畑を変えて、一発狙うのも もちろんアリなんだけど、
たぶんそんな簡単に見つかるなら、最初から「自分のやりたいこと」なんて推測できてると思うんだよね。
ストレートキャリアを築けない「やりたいことがわからない症候群」の人にはさ、黄金の玉ねぎは「ない」と思うのよ。たぶんね。
分かりやすい答えがないから、自分で答えをつくっていくしかないんだと思うんですよ。
「畑を変える」のも選択肢のひとつではあるけど、
目の前の畑を、手を変え、人を変え、道具を変え、やり方を変え、耕し切るのが先かもしれないね。
\ 参考記事/
▼〝続ける覚悟〟ともリンクするね。
\ 参考記事 /
▼ちなみに「玉ねぎ」は当ブログの鍵なんです(笑)
**
ちょっと自分の話になるんだけど
冒頭に述べた、苦しかったこの半年間で、
私は、今までよりもう一層だけ深く、目の前の畑を耕せた気がする。
おもしろいのがさ、
別に耕したかったんじゃないんのよ。
むしろ、苦しくて「畑変えます」宣言=「転職します」宣言してたくらいだからね・・・(苦笑)
「とりあえずこの畑から降りるぜ~」ってワーワー揉めてるときに
ふと右手を見たら、さらに深く耕すための武器を持ってることに気付きまして…。
だから、最後にその武器でやるだけやってみよか…ってなっただけ。
逃げる気満々だったんだけど(苦笑、
「畑を変える」前に、「畑を耕し切る」みたいになったんです、結果的に。
でも、今回はそれでよかったな、って。
あの時、「もうちょっとだけ、やれることやり切ってから」と踏みとどまったおかげで、今また一つ好きなことというか、やりたいことのかけら??おもしろい!と思えるものを見つけられたから。
まぁ、結果論なんですけど。
**
畑を変えるのって、想像以上に簡単なのよ、まじで。(畑変え経験2回あり)
いつでも出来るのよ。
「変えまーす」って言ったら終わりだからね。
(大きい声じゃ言いづらいけど、最悪いきなり飛ぶことだってできるんダゼェ???)
だからこそ、
畑を変えるにしても、目の前の畑を耕し切ってから。
この意識が大事。
少なくとも「やりたいことがわからない症候群」の私にとっては。
3.言ったモン勝ち

こうして、予期しない形で「畑を耕し切る」の第一段階を突破できた私なんだけど。
(※正確にいうと、
「今できることをやり切る気持ちで挑んだら、1つ壁を乗り越えられた」
ってだけの話なんだけど、
一旦ここでは「畑を耕し切った」という表現で進めさせてくだせぇ。)
別にものすごく出来た人間でもないし、
忍耐力が異常に高いわけでもないし(実際、逃げようとしてたからねw)
超一般ピーポー、平凡な人間なわけですよ。
じゃぁなんでそんなフツーな私が「畑を耕し切る」ことが出来たんだ?
ここをちょっと振り返って考えてみた結果、ひとつだけ思い当たることがあった。
私、思っていることをすぐ言っちゃうタイプなんだけど、それが今回はプラスに働いたんだわ、という発見。
この性格、自分的には直さないといけない「短所」と捉えていたんだけど、短所と長所は裏返しとはよく言ったもので。
つまりよ、何が言いたいかというと
畑を耕し切りたいなら、言ったモン勝ちじゃね??ってこと。
不平不満も、
自分の弱さや幼さも、
さらけ出して、知ってもらって、助けてもらって。
代わりに、自分の得意なことと強みも明らかにして。コミュニティに還元して。
そうやって補完しあいながら、役割は果たして。
役割を果たして、信頼関係が出来ているなら、堂々と自分の主張を言えばいい。
そういう全てをオープンに言っちゃってたお陰で、不要なものが遠ざかっていって、必要なモノが集まっていた、という感覚です。
なんかアレだね。
『引き寄せの法則』とか『嫌われる勇気』とかと通ずるものがある気が。
少し角度を変えていうと
人間ひとりでは畑は耕し切れないんだよ、って話でもある。
だからさ、
広く、深~く 畑を耕したいならさ、
耕す中で自分のやりたいことのヒントを見つけたいならさ、
やりたいことがわからない症候群から抜け出したいならさ、
マイナスなことも、プラスなことも、感情も、意思も、
言っといた方がお得じゃね??
ってことです、はい。
4.まとめ|黄金の玉ねぎ探しはもうしません

はい、ということでですね。
「やりたいことがわからない症候群会」の名誉会長である私ですが(笑)、
もう『黄金の玉ねぎ探し』は致しません。
・・・いや、できれば見つけたいよ?
だってそれが一番手っ取り早いもん。
でも、「そんな分かりやすい答えに出会えたらめっちゃラッキーだな~」くらいの、ゆる~い期待に留めておきます。
「答えを見つける」んじゃなくて、「答えをつくる」。
この感覚でいるようにしたいね。
そのためには、色んなきっかけやヒント、素材が必要。
でも、掛け合わせの品種が多くても、〝深さ(専門性)〟がなければ、効果は薄い。
パラレルキャリアで可能性を広げるもよし。
今の仕事で専門性を深めるもよし。
いずれにせよ、自分のキャパにあわせて選択と集中を。
時間もキャパも有限だから、いろいろ周りに言っちゃおう。
そう、戦略的公言!(かっこよく言いたかっただけ
今日も頭が、パン&パン★yeah
これぞ、〝考え厨〟の本領発揮ということで(笑)
おわりまーす。
\ この駄文が、誰かの何かのお役に立てば、嬉しいんだけど… /
* うらりえ *
やりたいことも自分の強みも分からないならパラレルキャリアがおすすめです
パラレルキャリアという生き方を選びました

「パラレルキャリア」ってご存知ですか?簡単に言うと、本業を持ちながら第二の活動をすること。オーストラリア人の経営学者 ピーター・ファーディナンド・ドラッカーによって提唱された言葉です。
ドラッカーによると、パラレルキャリアにおける第二・第三の活動には明確な定義はなく、「収入」を得ていない活動も含めるのだとか。だから、副収入を目的とした「副業」とは別物なんですよね。
パラレルキャリアは、収入源を増やす事が目的ではなく、キャリアアップやスキルアップ、本業では得られない経験を得ることを目的としている点が、副業とは大きく違う点です。
さて、ご挨拶が遅れましたが。お久しぶりです、ブログ主の うらりえ です。数ヵ月このブログをお休みしている間に、私は人生の岐路に立たされてました(いきなりヘビーテーマ到来)。今後のキャリア、人生についてじっくりと考えざるを得ない状態となり、「パラレルキャリア」を継続することを選択しました。かれこれパラレルキャリア歴は5年になりました。
「パラレルキャリア」を選んだ私ですが、得るものもあれば失ったものもある訳でして。でも合う人にはかなりフィットしている働き方・生き方だと思います。
今日はそんな「パラレルキャリア」について、私の事例をなぞりながら語る回。
- パラレルキャリアって何?
- 将来への漠然とした不安がある…
- 転職しようか迷ってる
- 自分の個性がわからない
何か参考になれば嬉しいです。
\ 参考記事 /
▼仕事を続けるか辞めるか悩んでいた頃の話
パラレルキャリアに向いている人はこんな人
パラレルキャリアを邁進しております私が考える「パラレルキャリアに向いている人」は以下のような人です。1つでも当てはまる人は、パラレルキャリアという生き方を選択肢に入れてみてもいいかもしれません。
- 好奇心旺盛な人
- 行動力がある人
- 多趣味な人
- 器用・要領がいい人
- 会社員
- 現時点でやりたいことがハッキリと決まっていない人
- 「お金」は目的ではなく手段だという価値観の人
好奇心旺盛/行動力がある

パラレルキャリアは『キャリアの掛け算効果』が期待できる点が最大のメリット。本業×第二のキャリアで新たな道がひらけることも。
例えば私の場合、『日記(趣味) × twitter(興味があって新しく始めた事)』の掛け算で、「知らない誰かとの交換日記プロジェクト」というアイデアが生まれました。
\ 参考記事 /
多趣味

複数のキャリアを並行して築いていくパラレルキャリア。キャリアの数が多ければいいという訳ではありませんが、多趣味な人にとっては相性がいいです。第二・第三のキャリアを始めるときのハードルが低く、フットワークの軽さに繋がります。
器用・要領がいい

複数のキャリアを進めるにあたって、スケジュール管理や体調管理などは大切。休日や、本業の開始前・休憩中・終了後などの時間をうまくつかって、第二・第三のキャリアを育てていく必要があります。器用な人、要領がいい人は、パラレルキャリアを上手く築いていきやすいでしょう。
また、私自身もそうですが、「母である」「妻である」ということも第二・第三の立派なキャリアになります。自覚はなくても器用に複数のキャリアを既にこなしている人は意外にも多いものです。
\ 参考記事 /
▼ パラレルキャリアをスパイ化してみた話
会社員

会社員こそ実はパラレルキャリアに向いています。多い・少ないはさておき、安定した収入が本業で得られている、というのは絶好の環境だからです。第二・第三のキャリアを築くにあたり、そこで収入を得ることが目的となってしまっては視野が狭まってしまうからです。
現時点でやりたいことがハッキリと決まっていない

パラレルキャリアを一番オススメしたい人がこういうタイプの人です。というのも、私自身もこういうタイプの人間だからです(笑)
\ 参考記事 /
▼ やりたいことがハッキリしない人間がはじめたブログについて
「やりたいことはハッキリしていないけれど、やっていることはある(例:本業や趣味)」という場合、また、「今やっていることを今すぐ絶対辞めたい訳ではない」という場合は、それを辞めることなくパラレルキャリアの1つとして育てていくことをオススメします。何かを続けた先にしか見つからない「興味」や「あなたの強み」もあるからです。
\ 参考記事 /
▼ やりたいことがハッキリしない人間が「継続」の先に見つけたもの
「お金」は〝目的〟ではなく〝手段〟だという価値観の人

「パラレルキャリア」と「副業」、どちらがあなたに合うか。その大きな分かれ道は〝お金に対する価値観の違い〟です。
「とにかく副収入がほしい」という方、また「収入が得られない活動ではモチベーションが上がらない」という方は、副業の方が向いています。一方、「第二・第三のキャリアを通して新たな生きがいや可能性を探ることが目的」であり、「それを実現する為の必要経費としてお金が必要」という考え方の人はパラレルキャリアの方がフィットします。
また、今すぐに副収入源とはならなくとも、ゆくゆくは磨いたキャリアで収入を得ることも当然不可能ではありません。徐々にキャリアを移行していくことも期待できます。
\ 参考記事 /
▼ 「お金が目的。」も決して卑しくないよ、という話
【実例】私のパラレルキャリアについて
ここで、具体例として、5年におよぶ私のパラレルキャリアの話を時系列に紹介させて頂きます。
パラレルしだしたきっかけ|第二のキャリア「ブロガー」

私がパラレルキャリアについて考え始めたきっかけは「出産」です。当時はまだ妊娠すらしていませんでしたが、出産を意識しだした頃でした。「もし子供が出来たら、今の自分の仕事について、胸を張ってやりがいを語れるだろうか?」──そんなことを考え始めたら、このままではいけないなと思いました。ここで本業とは別に『ブロガー』としての第二のキャリアがスタートしました。
さらに派生|第三のキャリア「イラストレーター」

そしてブログを続ける中で、ブログの方向性=しいては『自分の個性』について考え始めました。
\ 参考記事 /
自分の個性を言語化しようとした結果、当ブログ「玉ねぎのあれは目にしみる。」以外のブログを始めることにしました。そこで、第三のキャリア『イラストレーター』も発足。ブログの中でもっと自分らしい表現を追求してみたくなったからです。元々絵を描くのは好きだったのですが、デジタルイラストという新たなジャンルに挑戦することにしました。
\ 参考記事 /
実はこれも立派なキャリア|第四のキャリア「ママ」

また、新しく始めたニつめのブログは、第四のキャリアである『ママ』という属性を全面に出しています。その結果、ママの為のサービスを展開する企業様から、記事執筆のお声がけを頂きました。この出来事をきっかけに『ママ』という無報酬の役割も、立派なキャリアの1つなんだ、と感じました。
ついに本業をセーブ|第一のキャリア「会社員」

そして、大きな転機が訪れました。育休明けの社員が取得できる「時短勤務制度」が切れてしまったのです。今まで時短勤務のお陰で、正社員でありながらもパラレルキャリアを細々と続けることが出来ていたのですが、〝フルタイム正社員 × 幼児の育児 〟で一気にパラレルキャリアの継続が困難となりました。
そこで私は大きな決断をしました。本業をセーブすることです。具体的には、給料を下げてもらう代わりに、責任から解放されました。収入は減りましたが、仕事のプレッシャーから解放されることで心の余裕ができ、残業や責任の重い業務から解放されることで体力にも余力を残すことが出来るようになりました。
会社としては、産前のように〝バリキャリ〟として働いて欲しかったようですが、私はパラレルキャリアを築くために本業では〝ゆるキャリ〟に留めたかったので、交渉をしました。当然、転職や社内異動なども選択肢としてはありました。だけど「本業の継続」でしか得られないキャリア、スキル、やりがいもあったので、今それらを捨てるタイミングではないと判断しました。
\ 参考記事 /
▼ 本業を継続したからこそ気付けた私の個性の芽は「教育」と「改革」
あらたなる挑戦|第五のキャリア「ライター」

本業にギチギチに縛られることなく、少なくはなりましたが安定した収入がある事で、第五のキャリアに挑戦することが可能となりました。それが「ライター」です。これから約半年間の養成講座を受ける予定です。半年後にはライターとして活動することも可能となる土台が出来ます。(講習先での単発のライティング案件を受ける前提での養成講座です。)
やりたいことや自分の強みが分からない人にパラレルキャリアはおすすめ

長々と私のパラレルキャリア遍歴について語ってしまいましたが、何かひとつでも参考になることがあれば嬉しいです。
1つの分野を深堀りして専門性を高めていくキャリアの積み上げ方を、仮に「ストレートキャリア」と呼びますね。ストレートキャリアの方が目に見えて分かりやすいスキルを築きやすいですし、成果も出しやすいので、私個人としては羨ましいな、と感じていました。というのも、私は学生時代から「何でもできるけど、何もない。〝器用貧乏〟」だったんです。
ストレートキャリアを突き進む子と器用貧乏な自分を比較してきて、ずっと劣等感にさいなまれていましたが、ある日気付いたんです。
「でも私、人生自体はまぁまぁ楽しんではいるよな」と。
「本業」という軸をもちつつパラレルキャリアを築くことは、生活の安定感を失うことなく、生きがいを得られる。そして、本業の業界や業種に縛られることなく、色々な可能性を探ることが出来るので、自分の個性や強み、やりたいことも徐々に明るみになってきたんです。
仮に本業とは全くの異業界・異業種に転身したい時でも、パラレルキャリアで先行してスタートを切れているのでゼロスタートではない点は、大きなメリットがあります。
現時点で自分の個性や強み、好きなこと、やりたいことがハッキリしている人は、ストレートキャリアを進む方が近道かと思います。だけど、それらがまだ不確かな人、確かなものを見つけたい人にとっては、パラレルキャリアはおすすめです。興味がある方は、ぜひ気軽にスタートしてみてほしいと思います。
それでは、また。
\パラレルするには体力必要/
\その為には余計なお肉落とさなです/
* うらりえ *
違和感を無視するな|#2 知らない誰かとの交換日記を終えて
1.不思議プロジェクト、完結

知らない誰かと交換日記をするプロジェクト -buddy log- が、9ヶ月の時を経て無事終了しました。(しかもアナログのノートだよ。エモエモのエモってことにしておいてね。)
プロジェクトを終えてみて感じた所感を、前回に引き続きキロクしていく。
前回は、2人の参加者の方の内「太陽さん(偽名)」という20代男性とのやり取りから感じたことを書かせていただきました。
今回は、もう一人の参加者である「夜明さん(偽名)」という20代女性とのやり取りで感じたことについてのキロク(個人情報に触れない程度のログ)。これまた多くの感動と気付きがありました。もちろん反省も。
2.鳥肌が立った1枚の絵

今でも忘れられない、とある1枚の絵。夜明さんが私宛に描いて送って下さった絵が、私の全身に鳥肌を立たせました。いや、もはやあの一瞬は鳥になってた、かも鴨、ですね。
事の発端は、私が夜明さん宛に発信した最初の郵送便にこんなイラストを描いて同封したんです。

このプロジェクトを始めるにあたり、一番不安だったのが「そもそもご応募ゼロだったらどうしよう…」ってことでした。
だから、何の接点もない所から私の事を見つけて下さって、しかもご応募まで頂けて、感激過ぎて。
「何とかこの喜びと感謝を伝えたい」
そんな気持ちで手描きのイラスト(裏にはお手紙)を書いて、交換日記と一緒に同封してお届けしたんです。
そしたら返信の便でイラストが同封されていました。
アンサーソングならぬ、
アンサーイラスト&アンサーレター…。

いや、エモすぎ。
遊びゴコロ、ありすぎ。
キュン、です。
夜明さん、ありがとう。
一瞬で私は〝夜明ワールド〟に引き込まれた。
ずる、ずる、ずるるる。
3.#2 拝啓 夜明さんへ

そんな夜明さんにそっとお手紙を置いておく。勇気が出ずにこんな間接的なアクションしか出来ない自分にシュンてなりつつ…。
拝啓 夜明さんへ
***
夜明さん、お久しぶりです。
お仕事は順調でしょうか。
私にとって夜明さんとの出会いは感動の連続でした。
「似てるけど
どこか違う
だけど同じにおい」
これは私の好きな言葉なのですが、まさに夜明さんのことだと感じています。
私は夜明さんからのノートを読む度に凄くワクワクしました。今思うと、夜明さんと自分を少し重ねて見ていたのかもしれません。
交わしたノートはもう私の元から手離れしているにも関わらず、夜明さんの書かれる心地よい言葉や、テキトーに描いた風なのにやけに上手すぎるイラストたちが、まだまだ記憶にペッタリと張り付いています。
夜明さん、
これからもご自分の気持ちに正直に、
ご自分の信念に従って生きて下さいね。
例えこれから先マイノリティとなる事があっても、
もし女性であることが壁の様に感じる事があったとしたも、
時にご自分の選択に自信が持てない時があったとしても、
夜明さんの心の赴くままに、軽やかに毎日を過ごして欲しいです。
また何かの縁で巡り合えそう。
そんな気がしています。
また近い内にお目にかかれますことを心待ちにしています。
***
うらりえ
4.違和感を無視するな

柄にもなくちょっと強めのタイトルですが、これは自分への戒めの言葉であり、誰かに向けての刃ではありません。
夜明さんと交換日記をする中で、私は気付いてしまった。自分の中に散らばる小さな小さな違和感の欠片たちに。
気持ちよく自分の隙間にパチッとはまらないピースが実はちらちらとあるにも関わらず、その違和感を正当化して、しまいには気付かないフリをして、ちょっと強引にググッと押し込んで息してた。
- そういうものだからって納得させて。
- もう大人なんだからって諦めて。
- 忙しいからって妥協して。
あー、ほんと、全部つまんない生き方。そんな〝つまらん街道〟のド真ん中を気付いたら闊歩してた自分。ちーっちゃな違和感を無視し続けた結果、麻痺してた。心が鈍感になってた。
小さな違和感を無視するな。
ほんとは気付いているくせに。
たまには完璧にピッタリくるまでこだわってもいいじゃん。
ほんとは気になってるくせに。
別に今すぐ〝イワカン〟撲滅キャンペーンを開催しなくたっていい。遠くの方にゴールの旗をそーっと立てて、じわじわと整理していけばいい。道中で余分なモノをそろりそろりと削ぎ落として、ひとつずつイワカンを手に取って、眺めて、キレイに整えていこう。
5.プロジェクトのこれからについて

一見馬鹿にでもされそうな、おかしなプロジェクト『知らない誰かとの交換日記』。
これは自分の中の小さな小さなイワカンを掬(すく)ったプロジェクト。
みんなの中にある小さな小さなイワカンも救えたらいいなと思ってやってみたプロジェクト。
実は色んな想いを込めた企画でした。ただ「ちょっと背伸びし過ぎたかな」っていうのが反省。次やる時はもっともっと等身大で楽しんでやってやろうと思ってる。
プロジェクト中の所感を過去の記事にもまとめているけれど、「知らない誰かとの交換日記」は全然繊細じゃない。大胆かつ刺激的で、遊び心にまみれてる。私にとってはもはやアートに近い。いや、これほんとに。(アートって大義だけどね。)
カラメルプリンの底にひっそりと隠れてる〝カラメル〟。
みんなが普段は隠してる〝カラメル〟。
知らない人の〝カラメル〟をいきなり食べる、ちょっと不思議でおもしろいワクワク体験。
子供のころ、面白い遊びを見付けちゃったときの、あの時みたいな感覚になった。
現実的に第2回をやれる目途は立っていないけど、またしたいと思ってます。
デジタル版もありかなぁ、とか、アナログならあの会社のノートでやりたいんだよなぁ、とか、何度か出来たらOB・OGを絡めてあんなこともしたいなぁー、とか、夢は色々あるんだよね。
兎にも角にも、夜明さんと太陽さんには感謝です。本当にありがとうございました。
*うらりえ*
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P.S.
お二人それぞれの偽名「太陽」「夜明」は、私からお二人へのメッセージを込めて、意味をもたせた偽名にさせて頂きました。
多様性のムズカシサ|#1 知らない誰かとの交換日記を終えて
▽ 目次 ▽
1.近況報告

大変お久しぶりの執筆です。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
本題に入る前に少し近況報告です。
前回のこちらの記事にも書きましたが、新しいブログをはじめました。
結構楽しんでやれています。
webデザインやデジタルイラストにおいて、少しずつ自分が出来ることが増えてきました。
「好きこそ物の上手なれ」
とはよく言ったもので、本当にその通りだなぁと痛感。
レベルアップしてからこっち(玉ねぎブログ)に戻ってきたら、目につくことが色々ありまして、、
うわぁぁーー笑(;゚Д゚)
ってなってます…(苦笑)
いやもうカテゴリとかめちゃくちゃだし…w
時間がある時にこっちもブラッシュアップ出来れば…イイナ…
(伊勢うどんくらいゆるい決意)
(コシ命!の関西人の私が伊勢うどんを食べた時の衝撃は忘れない)
でも不思議と落ち着く場所です、玉ねぎ小屋。
ペンタブが欲しいなう。
2.本題

そして本題。
知らない誰かとの交換日記を終えてみての所感。
まずはご参加頂いた方に感謝です。
当初4名の方と、との予定でしたが、実際は2名の方と9ヶ月程のお付き合いとなりました。
結論、やってよかった。
何なら、消化不良。
そして、もっともっと歳を重ねた頃にもう一度やりたいと思う。
反省点は死ぬほどあります。
改善点も死ぬほどあります。
悔しいことも死ぬほどあります。
3回死んでも足りないくらい色々思うことはあるんですが、それでも多くの『学び』と『ワクワク』と『感動』が凝縮されたプロジェクトだった。
どうしよう。
何から書こう。
迷いつつ次の項目へ、いざ、参る。
3.#1 拝啓 太陽さん

太陽さんは20代の男性。
このプロジェクトにご参加下さった方の内の一人です。もちろんバチバチの偽名です。
※ もう一人、夜明さん(もち偽名)という方がご参加下さいました。長くなるので別記事で投稿させて頂きます。
ご本人の了承を取っていないので、彼の個人情報や会話の内容は伏せるんだけど、彼との関わりの中で私が感じ取った所感だけ記録しておこうと思う。
その前に、ちょいっとお手紙だけ置いとく。
ご本人の目に入れば嬉しいな。
拝啓 太陽さん
***
その後いかがお過ごしでしょうか?
私と全く違う匂いのする太陽さん。
性別も年齢も住んでいるところも職業もバックボーンも何もかも違いましたが、一つ似ているな、と感じた事があります。
それが何かというと、『少数派の苦しさを味わっている者同士ということ。これはノートの中では話していない内容です。交換日記を終えた今、改めて振り返ってみて感じたことです。
とはいえ、違う匂いの者同士。
- 何を求めてこのプロジェクトに参加してくれたんだろう?
- 得られたものはあったかな?
私はとても心配でした。
もし「答え」を求めてご参加頂いていたならば、私の力量不足。申し訳ない気持ちでいっぱいです。
もし「記録」を求めてご参加頂いていたならば、太陽さんと交わしたノートが、数ヶ月後、はたまた数年後、太陽さんにとって何かの気付きや自信に繋がるきっかけとなることを願っています。
太陽さんがご自分で選ばれて、タイトルまでつけてくれたノート。きっと「大切な記録」として扱って下さっていると思います。
またご縁がありましたら、また色々とお話出来ること楽しみにしています。末永いご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
***
うらりえより
これで、悔いひとつなく終えられなかった気持ちを昇華させました、です。
4. 少数派の苦しみ ──ダイバーシティについて

太陽さんとの出会いは『ダイバーシティ&インクルージョン』について、めちゃめちゃ考えさせられた。
つまり『多様性』と『受容』。めちゃめちゃ咀嚼すると「世の中色んな人がおるけど、みんな理解しあって仲良くやってこーぜyeah」みたいなやつです。
なんでこれについて考えさせられたかというと、今まさに私がダイバーシティ経営してる企業の中の【少数派】だからです。
多様性とは言うけど、『多数派』と『少数派』、残念ながらどうしても分布は分かれる。このとき少数派に入ると、、しんどいよねぇ…。色々めんどくさい。ほんと、まじで(しつこい)。
極論だけど、少数派が選べる道ってこの2つしかないのではー、と思う。
逃走 or 闘争。
いや、もうDead or Aliveみたいで、字面見るだけで、
あ゛ぁーー逃げたし!!
あ゛ぁーー頑張りたくなすなす!!
ゲロゲロです(;´Д`)
とはいえ、逃走と言えど逃げ方は色々あるし、闘争と言えど闘い方も選べる。実質、少数派側でも選択肢は無限にはある。
とはいえ。
多数派側なら当然に選べる選択肢、
- 現状維持
- なんとなくステイ
- 知らぬ振り
とか、楽で省エネなやつ、その辺の美味しいやつを選べないのが、少数派の苦しみだと思うんだ。
ちなみに私は「逃走 大賛成派」です。
いいんだよ、逃げたって。
ε=ε=ε=┌( ˙-˙ )┘
多種多様な人間が混在することでしか生まれないプラスの化学反応もある。だけど現実的に一生分かり合えない溝が存在するのも事実。(経験したことないことを分かった風に語られるのも何か違うじゃん。)
あ、何か今行けそ〜な気がする〜
って時にだけ闘えばいいんじゃないかしら。
5.多様性は必要なのか?

結局私の中ではまだ答えは出てません。
多様性は必要なのか否か、について。
正直楽なのは、生まれてから死ぬまで似た者同士で集い続けるのが楽だと思いますよ。
「1+1は?」って聞いたら、
「「「2ーーー(๑ ᴖ ᴑ ᴖ ๑)!!」」」
って全員から返ってくるのが絶対楽よ。
「1+1は赤だ!」とか
「1+1は四角だ!」とか
「1+1はフワフワ(?)だ!」とか
皆が別々の「当たり前」をぶつけ出したら、交通整理しないといけなくなるからさ。
間違いなく楽なんだけど、
「人間として豊かなのはどっちか?」と聞かれると、やっぱダイバーをシティーした経験がある人だよね、間違いなく。
自分と違う人間を理解しようとする姿勢がまず違うもん。柔軟だし、多角的にヒトやモノを見れるもんね。
『受容』っていうのは、誰にでも出来ることじゃない。
ダイバーな人が増えれば増えるほど、この世界は優しい世界になるんだろうな。
「言うは易く行うは難し」とはまさにこのこと。
・・・昔の人って的確な言葉残しすぎじゃない?
6.聞くことしか出来なかった

そんなこんなで、太陽さんとのやり取りで私が感じたこと・考えたことをキロクした次第です。
ちなみに私は、太陽さんのお立場を経験したことがなかったから、聞くことしか出来なかった事が多かったんだよね…( ´•ω•` )
「聞くことしか出来ない」っていう状況の時って、何が正解なんだろうね?
いや、文字通り「聞くことしか出来ない」んだから、聞けばいいんですけどね(笑)
私は、同じ「聞く」でも、色んな「聞く」があると思うんですよ。
私はその中でも、出来る「聞く」がまだ2つくらいしかなくて。
『多様性』に直面したときに、
「あぁーやっぱりまだまだ自分は未熟だなぁ」
と痛感しました。
もし、またいつか、知らない誰かとの交換日記をするのであれば、改善点としてこの点も盛り込んでおくのもアリかもしれない。
「私はこんな「聞く」しか出来ない人間です」って取扱説明書に書いておくの(笑)
そういえばこの話ともリンクするな。
理想としては、その頃には私もダイバーをシティーした側の人間になっていたいけどね。
7.さいごに

色々なことに気付かせてもらえて、太陽さんには感謝です。
太陽さんにとっても、この静かで小さなプロジェクトが何か1つでもプラスになっていたらいいんだけど。
改めてネットの出会いは素敵だな、と思ったよ。
普通に生活していたら、私は太陽さんとは接点がおそらく無かっただろうから。
そして、改めて
「〝書く〟ってやっぱええなぁぁぁ」
ってなってます(笑)
細く、長く、書くことを続けていきたいと、再認識しました。
*うらりえ*